metempsychosis -Begin to End-

Chapter.4

次元気流を抜けた二機のシルバーホークは、都市遺跡、バンアレンベルト、名も知らぬ惑星の海中を抜け、地表に出た。二人はこれまでに数度会敵した敵巨大戦艦を全て撃沈している。だがその攻撃は激しさを増すばかりで、気の休まる暇もなかった。しかし、その緊張も突如として途切れる。突然訪れた静寂に、二人、特にプロコは戸惑った。

「……なんだ?突然?」

「嵐の前の静けさ……かしら?」

ティアットはレーダーを慎重に確認する。敵影は……確認できない。突如として訪れた、異常な静寂。ティアットは嫌な予感を覚えずにはいられなかった。そのとき、ティアットの体を何かが突き抜ける。それは……風だった。恐ろしい風。あのとき感じた、風。


それが合図だったのか、シルバーホークのメインディスプレイにワーニングサイレンとともにメッセージが表示される。敵巨大戦艦の接近。コードネームは……『STRONG SHELL』。それまでの巨大戦艦がそうだったように、またもや次元気流が出現し、彼らはその奔流に飲み込まれる。その中を漂う浮遊機雷を破壊しつつ、ティアットは敵巨大戦艦、『ストロング・シェル』――重装甲野郎――の姿を見た。

「魚の次はウミガメか……ティアット。先に砲塔から潰すぞ」

プロコはその姿から先に武装を潰すことが最善だと判断していた。実際、コンピュータは敵ベルサー軍の旗艦『ストロング・シェル』の弱点を頭に相当するブリッジだと弾き出していた。しかし、それは三連装エネルギーキャノン砲塔を片舷に三基装備する甲羅に格納されるようになっているらしい。アーマーで固められた甲羅はいかにも固そうで、レーザーやついさっき使えるようになった全てを貫く最終装備、ウェーブですら破壊は不可能に思える。名前の通り、重装甲だ。

「……くも……」

ティアットの様子がおかしい。プロコはレシーバーから聞こえるティアットの声を直感的にそう判断した。

「『ヘビーアームズ・シェル』!よくも……サムラックを!」

ティアット機が黄金色の軌跡――それは『シルバーホーク』を包み込むハイパーアームの色だ――を曳きながら一直線に『ストロング・シェル』へ突撃する。それは今までのティアットとは違う、別の誰かのようだった。プロコは素早くコンピュータにその情報を検索させる。そしてその答は……

「なんだ……これは……」

プロコは呻いた。コンピュータが表示した『HEAVY ARMS SHELL』のデータ――何故それをコンピュータがデータとして持っているのか、プロコは今更ながら自分が乗っている機体の不気味さに恐怖した。

それは目前にいる『ストロング・シェル』をより禍々しく強大にしたような、ウミガメ型の巨大戦艦だった。外観は酷似している。だが、決定的に違うのはその大きさもさることながら、『ストロング・シェル』が装備していない爆雷発射管、レーザー砲塔、ウェーブ砲塔などの名前に恥じない超重武装、更に最大の特徴として甲羅部分に格納式の巨大な多目的ロングレンジキャノン砲を背負っていること。そして、コンピュータはこれを『THIMA』と表示していた。ベルサーではなく。

「答えろ。『シーマ』とはなんだ?」

コンピュータはプロコの問いかけに素直に答えた。


 ――『シーマ』とは、アムネリアの言葉で『死を司るもの』。

 ――『シーマ』は、A.N.の力により生まれた、A.N.と相反する存在。


「A.N.……」

プロコは初めて『シルバーホーク』を目にしたとき、ティアットが口にした言葉を思い出した。そうだ。彼女はあのとき確かに『シルバーホーク』を見てそう言った。何故だ?

「……『A.N.』とはなんだ?『アムネリア』とは?」

コンピュータは先程と同じく無機的に答を用意する。


 ――『A.N.』、All Nothingとは、栄えすぎたアムネリアの文明が生み出した悪魔の力。全てを無に帰す究極の力。

 ――『アムネリア』とは、ダライアスから遠く離れた宇宙の彼方にある惑星。そして、ルティア・フィーンの故郷。


「ルティア……?」

プロコはその名前に聞き覚えがあった。それは彼がティアットと同じくダライアス星最古の部族の青年だったからだが。ルティアとは、ダライアス星創世神話に登場する『鷲の乙女』の名前。天空より傷ついた銀の鷲に乗って降り立ち、建国王と出逢ってダライアス星人の祖となったとされる乙女――そこまで思い出して、プロコはある仮説に辿り着いた。

「……まさか……『シルバーホーク』とは……」

コンピュータは答える。


 ――『シルバーホーク』はルティア・フィーンと、彼女の戦友であり恋人でもあったサムラック・ライダの愛機。戦いの果て、最期のあがきでサムラックを道連れにした『ヘビーアームズ・シェル』により傷つき、ダライアス星に不時着、後に神殿となり遺跡となった場所深くに眠っていたオリジナルのルティア機のデータを元に、今の私が生み出された。『シーマ』の巨大戦艦の残骸を回収し、その技術を手に入れたベルサー星人のように。


これで話が繋がった。最初に『シルバーホーク』のコクピットに滑り込んだときのあの感覚は、眠っていたルティアの血が呼び起こされたもの。そして、今のティアットを支配してるのは……


プロコはティアット機を探す。ティアットは単機で無謀な戦いを挑んでいた。それまでの一撃離脱を旨とした優雅な戦いとは全く異なり、怒りに我を忘れた獣のように、ただ無謀な突進を繰り返す戦い。既にアームはエネルギーキャノンとホーミングミサイルの立て続けの被弾で失われ、機体も傷ついていた。プロコは全速力でティアット機の前に躍り出た。そしてハイパーアームをエネルギーの続く限り最大限に展開してティアット機を襲う弾幕を全て吸収し、ウェーブで『ストロング・シェル』の背中に並ぶエネルギーキャノン砲塔を一気に粉砕する。ティアットの無謀な攻撃でダメージを受けていたそれらは、プロコが呆れるほど容易く破壊された。だが、これで奴の攻撃力の大半は奪った。『ストロング・シェル』はオリジナルの『ヘビーアームズ・シェル』と違い、ウミガメで言えば前ヒレに相当するスタビライザーに装備されていたウェーブ砲塔もなければ、背中に多目的ロングレンジキャノン砲も装備していない。ベルサー星人はこれらの装備を再現できなかったのだ。自分の乗る『シルバーホーク』に、オリジナルの最強装備αビーム砲が装備されていないことと同じく。

「ティアット!目を覚ましてくれ!」

プロコは必死に呼びかける。しかし、かつて目の前で恋人を奪われたルティアに支配されたティアットはプロコの呼びかけに応じようとはしなかった。

「ティアット……いや、そこにいるのはルティアか?」

レシーバーの向こう側で反応が変わったような気がした。プロコはやはり、と思った。そして、彼は自分の中にもしかしたらサムラックの記憶の断片、そう、ルティアが覚えているサムラックが存在することを信じて、言葉を続けた。

「ルティア!しっかりしろ!」

「サム……ラック?」

反応が変わった。彼は確信した。そして、結果的に彼女を騙すことになると思いつつ、彼女の記憶の中にいる青年を演じる覚悟を固めた。どこまで演じきることができるかは分からないが、自分の血が記憶しているならば、それは可能だと、理由のない確信をプロコは感じていた。

「そうだ。俺だ。ルティア……」

「サムラック……生きて……」

ティアット、いやルティアは、通信している相手が自分の末裔である青年ではなく、戦友であり恋人でもあった青年だと信じているようだ。プロコは良心の呵責を感じつつも、演技を続けた。演技は途中で止めれば嘘になるが、演じ続ければ真実になる。誰かがそう言っていたことを噛み締めつつ。

「ああ。心配かけた。けれど、今は……」

プロコが言うと、ティアット――ルティアは素直に応じた。

「ええ。あいつを沈めて、アムネリアに帰りましょう。みんな、待っているから!」

――キャプチャーシステム動作不能。αビーム砲発射不能。ハイパーアーム展開不能。ダメージレベルB……ルティアは現在の『シルバーホーク』の状態を素早く再確認する。損害は酷い。しかし、やれないことはない。サムラックが止めてくれなければ……いや、彼が死んだと思っていたから。これは我を忘れて突撃した報いだ。サムラックがいてくれる――それだけで、ルティアは安心できた。

「次で勝負をかける。いけるな?」

プロコ――サムラックの声に、ティアット――ルティアは明るく答える。

「勿論。伊達にアムネリア王立空軍のエースなんて看板掲げてないわ」

「そうだったな。……いくぞ!」

『ストロング・シェル』が格納していた首を出し、攻撃態勢に入る。そこを二機の『シルバーホーク』は狙い違わずウェーブで撃ち貫く。それが、最後の一撃だった。


艦全体で小爆発を繰り返し、断末魔の声を上げる巨大戦艦『ストロング・シェル』。バランスを崩し、ゆっくりと降下していく『ストロング・シェル』を、二機の『シルバーホーク』は最後まで見届けていた。

「やった……」

プロコは撃沈した敵艦を感慨深げに見つめていた。そして、ティアットは……

「プロコ……?」

「ティアット!……終わったさ。全部」

『ストロング・シェル』――彼女の中では最後まで『ヘビーアームズ・シェル』だった敵巨大戦艦を二人で撃沈したことに満足したのか、ルティアはティアットの中でまた眠りについていた。

「まだ、みたい。……あれ」

『ストロング・シェル』が自身の発した閃光の中に消えた後、二人はベルサー軍の本拠地を発見していた。

「……まだ、終わっていなかったな」

「今の装備で、勝てるかしら?」

巨大戦艦を貫くほどの威力を持つウェーブでも、その堅牢な要塞は傷一つつけられそうになかった。しかし、これを破壊しない限り、ダライアス星に本当の平和は訪れないのだ。

「……手は、ある。けれど……」

プロコは『ストロング・シェル』との戦闘中にコンピュータに検索させた『シルバーホーク』のデータから、αビームを撃つことはできないが、そのエネルギー源となるキャプチャーシステムは不完全ながら稼働することを知っていた。これは別の何かをエネルギー体に変換して吸収し、膨大なエネルギーを必要とする必殺兵器αビームを発射可能にするシステムだった。勿論、αビーム砲は装備されていない。だが……

「……プロコとだったら、どこまでもついていくわ」

「ティアット……」

「でも、大統領との約束は守れそうにないわ」

「俺達がここでこれを破壊したら、ダライアス星はもう焦土になることはない……」

「そうね。それなら、もう思い残すことはないかも……」

「本当に、いいのか?ティアット?俺と……一緒で……」

プロコはもう一度確認する。あのときもらえなかった返事を、今もらおうとしているかのように。

「プロコだから、いいの」

ティアットは即答した。


プロコはキャプチャーシステムを起動させ、ティアット機を吸収、自身もエネルギー体へと変化した。それは炎を纏った鷲となり、敵要塞本拠地へとまっすぐ突き進んでいく。


一条の光明が消えたあと、そこには何もなかったかのような静寂だけが漂っていた……

End