いつか見た風
*
「な……何よ、これーっ!」
社会の授業中、教室にルーアンの悲鳴が響き渡った。
「何だ?何だ?」
太助たちの視線がルーアンに集中する。当のルーアンは教科書を食い入るように見つめ、わなわなと震えている。
「……第二次世界大戦……って大東亜戦争のことよね?それが1945年8月15日に終結した?誰よ?こんな大嘘書いたの?きーっ!信じられない!」
教師であるルーアンがこの様子では、とても授業の続きができるはずもない。生徒である太助やシャオリンたちも、突然の悲鳴に駆け付けた他の教師も一体どうしてこうなったのか、まったく理解できなかった。
チャイムが鳴って、相当のショックを受けたらしいルーアンが足取りも覚束ないまま教室から出ていった後、太助たちは誰言うとなく机を囲んでいた。
「……あれ、何だったと思う?」
たかしが言うと、
「今日のルーアン先生、ちょっと変でしたよね?」
乎一郎が続ける。
「変なのはいつものことだけど。シャオ、なんか心当たりない?朝、何か変なもの食べたとか……?」
翔子の問いに、
「……さあ?私にもさっぱり……?」
シャオリンは小首を傾げた。
「……そう言えば、ルーアンが初めて俺の前に現れたとき、シャオと違ってテレビとか、普通に弄くってたような……。もしかして、ルーアンって、その時代に誰かに呼び出されてた、とか……」
太助の言葉に、シャオリンが顔を赤らめて俯いた。初めて太助の前に現れたとき、色々と頓珍漢なことをしたのを思い出したらしい。
「何か、嫌な思い出でもあるのかなあ?」
乎一郎が心配そうな顔で呟くと、
「こりゃ、本人に直接聞くのが一番手っ取り早いな」
たかしが妙に楽しそうに椅子から立ち上がる。それに合わせるようにその場にいた全員も立ち上がった。それで決まりだった。
その頃、ルーアンは人気のない図書室で資料の山と格闘していた。あまりに珍しいことなので司書の男性教師がちらちらとルーアンを見ているが、当の本人にはまるで気にする気配もなかった。
「……やっぱり。西暦1945年って皇紀2605年のことじゃない。冗談じゃないわよ。そのとき、まだしー様は戦ってたんだから……」
呟いたルーアンは、そっと目を閉じた。初めて『しー様』と出会った時の事を思い出す……。
*
「はあーい。お呼びになりましたぁ?」
黒天筒から呼び出された派手な南国風装束のルーアンの前に、軍刀を脇に置きカーキ色の軍服をぱりっと着こなした青年が黒天筒を手にしたまま立っていた。青年はそれから一瞬の間を置いて、
「……まさか、本当に自分にその資格があったとはな……」
と安堵とも呆れともつかないため息を漏らした。
「あたしは慶幸日天ルーアン。あなたが今度の主様?」
――見てくれはいいし、物腰も優雅。格好からすると、どこかの国の武将かしら。うふっ。
ルーアンは思わず顔がにやけるのを押さえつつ自己紹介をする。それに気づかないのか、青年は吸い込まれそうな漆黒の瞳でルーアンをまっすぐ見つめて、
「私は
と言った。
軍人と名乗ったが、名前といい容姿といいおよそ彼ほど軍人らしくない軍人もいないとルーアンは思った。そして、それがまたいい、とも。
「あたしの役目は主様に幸せを授けること。しー様が望む幸せって何?どんなことでも叶えてあげるわ」
『靜』だから『しー様』。単純なことだが、相手によっては、特にお堅い帝国軍人の場合など、切り殺されても文句の言えないふざけた呼び方だ。だが、靜は気にもしなかったらしい。ルーアンに涼やかな笑みを向けながら、整った唇から言葉をつむぐ。
「……私にとっての幸せ、か。しいて言うなら、すべての人々が戦争などしなくとも平和に暮らせる世界を作ること、かな。
ははっ。陸士出たての少尉には、まさしく夢物語のようなことだな」
最後の部分をルーアンに背を向ける形で言う靜の背中に、ルーアンはそっと腕を回した。
「そんなことないわよぉ。しー様の願う幸せなら、あたしが絶対叶えてあ・げ・る」
……そう。あたしは精一杯、しー様に尽くしたわ。しー様の戦場でたくさんの戦果を挙げたし、しー様もあたしのことをとても大切にしてくれた……。でも、しー様の願いは、そんなことじゃ叶えられないって知ったのは……ずっと後のことだったわ。
*
「……馬鹿な!大本営は一体何を考えている!」
皇紀2605年、つまり昭和20年の紀元節を過ぎた頃、寒風吹き荒れる満蒙の地で、靜は満天の星に向かって叫んだ。体は怒りに震え、その手には1枚の紙が握られている。
「……しー様ぁ?どうかしたのぉ?」
靜の後ろにある仮設営のテントから、ルーアンが眠そうに目をこすりながら這い出してきた。途端に靜の相好が崩れる。
「何でもない。そう、何でもないんだ。ルーアン」
靜が流れの支那人から黒天筒を譲り受けて6年。ノモンハンで戦車小隊を率いて絶望的な戦いを強いられた線の細い青年士官は、ルーアンの助けもあって今、少佐となり、最新鋭戦車の実験を行う実験部隊の隊長を務めるまでになっていた。
しかし、傍から見れば栄転のこの任務も、彼らの望んだものではなかった。
このことでルーアンは、今までの武将、そして国に対する考え方を一変させなければならなかった。多大な戦果を挙げ功績のあった武将に対し、主の仕える大日本帝国は褒賞を与えることもなく、逆に地位のみで実権のない役職に追いやってしまったのだ。しかも、将校の妻(ということになっている)ルーアンの耳にも、各地で敗北を続ける斜陽の帝国軍のことは嫌でも聞こえてくる。しかも、そのことに関して緘口令が敷かれてしまっていることなどは、ルーアンには異常としか思えなかった。
ルーアンが生返事でテントに戻った後、靜は握り締めていた紙をもう一度見る。星明りが、書かれている内容を無常なまでに彼の目に焼き付けた。
『……第304実験部隊ハ、直チニ満州里ニ向ケ転進スベシ……』
何度見ても同じ文面。靜は、
「ソビエトが本当に条約を遵守すると考えているのか?奴らがあの程度で諦めるはずがない。……きっと来る。ドイツが敗北した今、奴らはきっと来る……」
そう、星空に向かって繰り返していた。
*
そして、昭和20年8月15日黎明……。不可解な移動を繰り返し、いつしかソビエトと国境を接するとある北満州の辺鄙な場所に位置する小さな基地司令に収まっていた靜に、日本時間本日正午に重大発表があるとの知らせが届いた。
「何かしらねぇ、しー様?」
施設本部の一室にあるラジオを前に皆が集まっている中、ルーアンがいつもの調子で靜の背中に腕を回す。男所帯に女。しかも日本人より格下と見られている支那人を連れていることで、靜の評判は将兵以下にはあまりよくないのだが、靜本人が何も言わない以上、誰もルーアンを追い出すことはできなかった。
「静かに。もうすぐ時間だ。傾注!」
靜の言葉に、皆の視線がラジオに集中する。が、しかし、悲しいかな日本製のラジオは雑音を鳴らしているだけだった。
「……少しも聞こえないわよ?」
ルーアンの言葉どおり、ラジオはただうるさいばかりの雑音を鳴らすだけだったが、やがて、その中に男性の声が混じり始める。
……朕深ク……帝国ノ……鑑ミ……時局ヲ……
「何?何て言ってるの?しー様?」
「静かに。ルーアン」
……芳難……アラス……臣民……朕善ク……
それきりラジオはまた雑音を撒き散らす箱に戻った。
「くそっ!肝心なときに……このボロが!」
後ろで整備長がくさる。だが、そのボロをここに持ってきたのは、彼だったりするのだから、あまり笑えない。
「……今の放送、何だったんでしょうか?」
基地参謀が靜に尋ねる。靜本人も、『朕』という単語からこれが天皇陛下の御言葉であることは理解したが、それ以上のことは解らなかった。
靜は、その場の全員に聞こえるように身を翻すと、その容姿からは想像しがたい大きな声で告げる。
「皆、そのまま。今の放送は、聞いての通り判別不能だ。これから大本営に確認を取るが、事が判明するまで全員各部署に戻れ。詳細は追って連絡する。
知っての通り、既に日ソ中立条約は一方的に破棄され、我々はソビエトの攻撃を受けている。ここにはまだ戦火は及んでいないが、くれぐれも警戒を怠らないように……」
そこまで続けたとき、遠くから微かに爆音が聞こえてきた。その音を聞いた途端、その場にいた全員がそれぞれの部署に戻ってゆく。
靜とルーアンも、開いた扉から表に飛び出す。そこに伝令兵が息を切らして駆け寄る。
「何事か?」
靜の声に、まだ少年の面影を残した伝令兵が直立不動の姿勢をとる。
「は。友軍のキ43が1機、当基地に接近中。しかし、こちらの呼びかけに応じません」
報告を受けている間に、濃緑色に斑模様迷彩の単発機、キ43こと一式戦闘機『隼』が基地上空を飛び去って行く。そのとき、基地の外れに何かを落としていったことを、靜は見逃さない。靜の指示でそれを拾ってきた伝令兵が差し出したものは、赤い千代紙を巻いた茶筒だった。『隼』のパイロットが通信筒代わりに使ったのだろう。
靜の代わりにそれを受け取った基地参謀が素早く中に入っていた紙を靜に手渡す。それを一目見た靜は、静かに基地参謀に告げた。
「基地全域に第一種戦闘体制発令。対戦車戦用意。急げ、もはや一刻の猶予もない」
慌てて駆け出す基地参謀の背を見届けた後、靜は整備長を呼んだ。
「整備長、『あれ』は動くか?」
靜より一回りは年上の整備長の顔が、わずかに歪む。
「……司令の指示通りの改修は完了しております。しかし、まだ一度も試験を行っておりません」
「それを聞いて安心した。……私も『あれ』で出る」
そう言った靜の顔は、涼やかだった。
「ちょ、ちょっと、しー様?」
靜の顔にただならぬものを感じたルーアンが二の句を告げる前に、靜はルーアンを強く抱きしめていた。
「……しー様?」
「……慶幸日天の主として、最後の命令だ。黒天筒に戻り、次の主を待て」
ルーアンを見つめる靜の目は、たとえようのないほど澄み切っていた。ルーアンが長い年月の間幾度となく見た、死に行く覚悟を決めた武将の目だった。
「いやよぉ。だって、あたし、まだしー様の願いを叶えてないもの……。皆が平和に暮らせる世界を作るって、言ってたじゃないのぉ……」
次の言葉が出なかった。最初に出会ったときと同じ、カーキ色の軍服の胸で、ただ嗚咽を漏らすことしかできなかった。
「慶幸日天は主に幸せをもたらす、そうだったな。もう十分幸せにしてもらったよ」
「でも……」
「……じゃあ、こうしよう。次にルーアンが呼び出されたとき、大日本帝国がどうなったのか、それを見て欲しい。私たち軍人が礎になった世界がどうなったのか見て欲しい。
確かに、我が皇軍には世間に顔向けできないような輩もいた。だが、それでも大多数の軍人は陛下の、そして力なき者たちのために戦ったと私は思っている。彼らの英霊が礎となって築いた世界がどうなったのか、それを見て欲しい」
「……」
ルーアンは答えない。俯いたまま、体を小さく震わせていた。
靜は一度だけ振りかえると、ルーアンをそこに残して最後の戦いへと赴いていった。
*
戦いは、砂塵を上げて迫り来る赤軍戦車隊に向けて水平発射された88ミリ高射砲弾によって開始された。本来ならばもっと遠距離から長距離野戦砲で迎え撃つべきだが、実験部隊が駐留するだけの小さな基地には、それを望むべくもなかった。
「ロスケどもめが!うようよいやがる!まったく、さっきのキ43が重爆隊でも連れて来てくれればありがたいんですけどねえ!」
靜の言った『あれ』、試作超重戦車オイ車(秘匿名称『大型伊號戦車』の略)改の操縦手が100トンを超える巨体を動かす川崎製液冷V型12気筒550馬力エンジンのけたたましい二重奏の中でないものねだりをする。だが、実際問題そうでも言わないと勝ち目のない戦いだった。
何しろ、確認できただけでも100両を超えるソビエト赤軍戦車隊に対して、こちらは性能テスト中だったオイ車改、四式中戦車、それに南方戦線で鹵獲したアメリカ陸軍のM3軽戦車を合わせても20両に満たない状態で、いつまで持ちこたえられるかすら判らなかった。
「先だって民間人を疎開させて正解でしたね、司令!」
砲手が車長を務める靜に向かって叫ぶ。確かに、9日にソビエト侵攻を報を受けたとき速やかに民間人の退去を命じていなければ、今の状況はさらに悪化していたことは間違いない。
「……そろそろだぞ。高射砲と砲車の砲撃で何処まで漸減できたか……まあ、あまり過度の期待はするな」
本来11人乗りの重戦車を改修して5人乗りにしたため広々とした車内の空気がわずかに和む。だが、それも一瞬だった。
目の前で最新鋭の四式が爆散した。遮蔽物のない原野では、砲弾の射程距離の差はそのまま自分に跳ね返ってくる。ましてや日本軍戦車の装甲はソ連軍のものより格段に薄い。その結果だった。
「ロスケめ!こんな辺鄙な場所を陥とすのに新型まで持ってきやがったか!」
操縦手がうなった。確かに敵の先陣を切る重戦車は今まで確認されたものとは違い、長大な砲身と重厚な装甲を備え、なんともいえない威圧感に満ちていた。側面にペンキで殴り書きされたキリル文字は読めなかったが、おそらく「ファシストに死を!」とか「労働者よ蜂起せよ!」とか書いてあるのだろう。
「75ミリはまだ届かない!短距離噴進弾でいくぞ。全弾発射!発射後、主砲射撃用意!」
靜の命令を受けたオイ車改が瞬間的に停止する。そうしないとろくに照準もつけられないからだ。その後、靜が車内に入る音を合図にするように、副砲塔や機銃座など『不要なもの』を取り払いすっきりした外観のオイ車改の主砲塔の左右に3発づつ装備されていた小型ロケット弾が真っ白い尾を引きながら赤軍戦車隊めがけて飛んでゆく。その爆発音が聞こえたと同時に、砲手から「目標、前方のT−34。照準調整完了!」の声が響いた。さすがにあの化け物重戦車の前面装甲は撃ち抜けないと判断したのだろう。賢明な判断だ。
「撃て!」
携行弾数に問題がある100ミリ砲から貫通力に優れ信頼性の高い長砲身88ミリ砲に換装された主砲が火を吹く。その1発を突撃ラッパのように突撃を開始する友軍戦車隊。だが……現実は無常だった。
それから30分。破壊された戦車のなれの果ての林を肉食竜のように駆け抜けていたオイ車改も、その足を止めるときが来ていた。
先に受けた敵弾の破片が跳弾となって車内をかき回し、結果的に靜の盾となった砲手は戦死、他車内の全員と機材すべてが何らかの損傷を受けていたためだ。その後車長の靜が砲手として善戦するも、数の暴力の前にそれはあまりにも無力だった。
「寡兵よく戦ったが、ここまでか……」
砲塔内部を深紅に染めて、カーキ色の軍服をも赤く染めた靜がぽつりと漏らす。すでに弾薬は尽きていた。動いている友軍戦車も、すでにない。
「……司令、脱出を。機密は自分たちが靖国まで持っていきます」
装甲を貫通した砲弾で負傷した装填手が口から血の泡を吐きながら言う。
「馬鹿なことを!……全車に通達!全速離脱!この戦場から撤退する!」
「司令、発動機が焼き付いてもう動きません。それに、司令、皇軍に『撤退』はありませんぞ」
操縦席を血の海に変えつつも操縦を続けていた砲手が弱々しい声をあげる。すでに万策尽きたのは、誰の目にも明らかだった。
「……これまでか」
そう言って、靜が腰の拳銃に手を伸ばしたとき……
……日天に順う者は存し、日天に逆らう者は亡ばん……
「この声は……」
……意志なき者、我の力をもって目覚めよ……陽天心召来!!
力強い声の後、赤軍兵士たちが見たもの……それはこの戦いで破壊された戦車群のなれの果てに手足が生え、自分たちに向かってくる姿だった。そればかりか自分たちの乗っている戦車すら、意志を持ったかのように自分たちを外に放り出してしまったのだ。
「……は、はは。まったく。主の言うことが聞けないとは……」
開いたハッチから訳も分からず放り出されてそのまま逃げ去る赤軍の様子から、靜は自分に向かって文字通り飛んでくる姿に視線を移した。それは言わずもがな、慶幸日天ルーアンである。
*
「しー様!しー様!お気を確かに!」
ルーアンに助けられてまだ黒煙けぶる大草原に横たわった靜は、血にまみれた純白の手袋を外してルーアンの頬に手を添える。
「温かいな。ルーアン……」
声が震えていた。視線も定まっていない。自分も血まみれになるのを構わずルーアンは靜の頭をかき抱く。それは、大草原のやさしいそよ風でも消えてしまいそうな命の灯火を守るかのようだった。
「……私は幸せだ。こうして、幸運の精霊の胸の中で逝くことができる……」
「しー様?あたしはここにいるから。
ね、また奉天のヤマトホテルで一緒においしいもの食べよ?前に……そう、確か中村屋から来た……じゃなかった、どこからだったかしら?あの人が作ってくれた卵料理……なんていったかしら?あれ、また食べたい!
……あと、本土に帰って、しー様のお母様のおいしーいおはぎも……ね?みんなで縁側で涼みながら。ね?いいでしょ?もう今度は陽天心使わないから、ね?」
「……ああ。そうだな。帰ろうか、ルーアン……本土……母上……」
靜がルーアンに微笑みかける。いつもと変わらない、包み込むような微笑だった。それを見たルーアンの瞳から止め処なく涙があふれる。靜の命の炎は、今まさに燃え尽きようとしていた……
「……約束したから。しー様、約束絶対破らない人だから……早く傷を治して……しー様?しー様!」
返事はなかった。それは眠っているかのような、安らかな顔だった。
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……そう。あの日、まだ戦争は続いていたわ。確かに続いていたのよ……。
ルーアンは図書室を見まわしてみる。平和な世界。大砲の音も聞こえなければ、飛行機に怯えて暮らす必要もない。いつになく感傷的なルーアン。しかし、それも長くは続かなかった。ドアを開けて、太助たちが図書室に姿を現したからだ。
「……あーっ!たー様?もしかして、ルーアンを捜してくれたの?」
全身でぶつかってくるルーアンをかろうじてかわす太助。
「……な、何だよ?こんなところにいたのか?それに、全然いつものルーアンじゃないかぁ!」
荒く息をしながら逃げる太助を、ルーアンは追いかけていく。いつもの光景だ。
「何か、いつもとまったく同じような気が……さっきのあれ、一体何だったんだ?」
呆れるたかし。その後ろから司書の先生が声をかける。
「……君たち、悪いんだけど、ルーアン先生の出した本、片付けるの手伝ってくれんか?ほら、あの通り……」
中を指差す先生に、たかしと翔子が嫌そうな声を出したが、シャオリンと、特に乎一郎は嬉々として片付けに取り掛かっていた。
「……しー様。これが、新しい日本の姿よ。どこかで見てるかな?」
――ルーアンの中の靜は、涼しげに笑っていた。
(了)