Phase-1 "嵐の前夜"
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星々が瞬く漆黒の空間――初めて来る場所なのに、何か懐かしい感じがする。
地球連合軍第8艦隊所属、強襲機動特装艦アークエンジェル級1番艦『アークエンジェル』のガンルームで、私は舷窓から見える星々の海に見入っていた。右手がつい首から下げているものにいくのは、もう完全に癖になっていたが、気にしない。これは私と家族を結ぶ絆であり、同時に、大切な鍵でもあったから。
「あら?アマダ少尉。こんなところにいたの?」
不意に声がかかる。柔和な感じの女性の声で、主は振り向かなくても判る――が、私はきっちり敬礼して彼女を迎えた。肩に掛かる緩やかなウェーブのかかったブラウンの髪から続く制服の肩章は、地球連合軍大尉のもの。大尉は私に返礼すると、ゆっくりとした足取りで私に並んで舷窓の向こうの世界に目を向ける。
「ラミアス大尉こそ、こんなところで油を売っている時間、あるんですか?大尉はこの艦の副長兼『G』担当技術主任なんですから、テストパイロット兼オペレータ要員の私より数倍忙しいと思うんですが……」
ラミアス大尉は私の言葉に苦笑する。
「たまには、ね。息抜きもしないと。もうすぐ『G』もロールアウトだし、向こうに着いたらこんなにゆっくり
「確かに……そうですね。私も後から来るみんなが到着する前に『G』全機を動かせるようにしないといけませんし……」
「モルゲンレーテが結構上手くやってくれてるそうだから、もうほとんど稼働状態だと聞いたわよ。さすがに大っぴらに動かせるものじゃないから、実働テストはまだらしいけど」
「X102、X103、X105は同系だからまだいいんですけど、問題はX207とX303ですね。特に、X303……まともに動くんですか?アレ?」
X303とは、『G』計画で開発されている新型機動兵器の1機種であるGAT-X303 イージスのこと。可変フレームの試験機だが、同時に強襲機としての攻撃力と指揮官機としての管制能力も持たせてあるため、とにかく機構が複雑なのだ。強度計算が絶妙で機体は軽快、重力下でも自壊することもないそうだが……
「私は、てっきりブライアン少尉じゃなくて、貴女がX303に乗るものだと思っていたけど。イメージ的に」
「それって、遠回しに私が『喰らい付いたら離れないしつこい女』だって、言ってません?」
ラミアス大尉はただ笑っていた。本気ではないようだけど……
「悪く取らないで。X101……シミュレータの成績、貴女がトップだったじゃない。他の5人がよたよた動かしている中で、きっちり戦闘機動まで取れたの、貴女だけだと聞いたわよ。まぁ、『色々』あるから、こんな役回りなんでしょうけど……」
ラミアス大尉が言う『色々』の一つが、これから向かう先にあることは、大尉に言われるまでもなく私自身が自覚していた。空気が重くなったのを感じたのか、ラミアス大尉が矛先を変える。
「……そう言えば、アマダ少尉のその懐中時計、ご両親の思い出の品だそうね。『G』がこんなに早く実用化できたのはひとえにモルゲンレーテにいらっしゃるお母様のおかげだし……ひょっとしたら現場で会えるかもしれないわね」
「ただの親不孝な娘ですよ。私は……」
「でも、スズネ。貴女のその操縦センス、間違いなく天性のものよ。それに、あの論文も読ませてもらったけど、アレがなかったらとっくの昔にこの戦争、私達の負けで終わっていたかも知れないわ。素晴らしいご両親の薫陶の賜ね。もっと誇って良いくらいよ?」
ラミアス大尉が名前で相手を呼ぶのは、信頼の証だ。尤も、最初は漢字で書かれた私の名前(
「ほら。今から固くなっても仕方ないでしょ?明日になったら同じ機材に関わるんだし。何とかなるわよ」
ラミアス大尉はそう言って笑う。けれど、私は何か心の奥に引っかかるようなものを感じていた。何かは解らないけれど……
コズミック・イラ71年1月19日。艤装が完了した『アークエンジェル』艦内での一幕。
彼女達は、まだ運命の歯車がきしみを立てて動き出したことに、気付く術を持たなかった……