Phase-2 "運命の邂逅"

*

その日。運命の歯車が大きく動いた……


「……何?」

「爆発音?ドックから?」

コズミック・イラ71年1月25日。突然の爆発音が、中立コロニー『ヘリオポリス』全体を揺るがす大事件の発端となった。ザフトの襲撃だと判るまでに要した時間はその1秒1秒が掌からこぼれ落ちる砂金にも匹敵したが、残念ながら我々地球連合側は完全に後手に回ることになった。

潜入したのはザフトの特殊部隊。しかも、赤いスーツを着た精鋭まで混じっている。初手を取られたこちらはあっという間に敵が橋頭堡を築くことを許し、しかも僅かな時間で最高機密の最新鋭機動兵器『G』のうち、X102 デュエル、X103 バスター、X207 ブリッツまで奪取されてしまっていた。


「ハマナ!ブライアン!早くX105とX303を起動させるんだ!スズネ!援護お願い!」

格納庫に女の怒号が響く。声の主、つまり指示を飛ばす作業服姿のラミアス大尉と私は愛銃のセーフティを解除すると機体へと走る二人のテストパイロットの援護を行う……が、コーディネーターの反応速度は速く、X303に向かったブライアン少尉は脆くも暗灰色の機体から滑り落ちた。同時にX105に取り付こうとしたハマナ少尉も緑色のスーツのザフト兵を打ち倒しはしたものの、赤いスーツのザフト兵に撃ち落とされる。

「くっ!」

ラミアス大尉が銃を撃ちながら飛び出す。手近なX105だけでも起動させる気だ。その時、上層のキャットウォークから「うしろ!」と叫ぶ声が聞こえた。声と同時に私と、声で振り向いたラミアス大尉によってザフト兵は物言わぬ肉塊に変わる。

「来い!」

ラミアス大尉が声の主――民間人、まだ少年のようだ――に声をかける。その間に私もX105へ向けて駆け出していた。

「左ブロックのシェルターへ行きます!お構いなく!」

少年は答える……が、残念ながら既にその方向はさっきの爆発の中だ。

「そっちはもうドアしかない!」

転がっていたライフルを撃つラミアス大尉の声に、少年はまるで猫のような身軽さでX105の上に降りてくる。その一瞬の隙に、ラミアス大尉が赤いスーツのザフト兵に撃たれていた。

幸いにして肩を掠めただけらしい。さらにとどめを刺そうとするザフト兵に私が走りながら銃を向けるが、私が引き金を引く前に向こうも弾詰まりでも起こしたのかX105――ラミアス大尉と少年に向かって走り出していた。

間に合わない――そう思ったその時、赤いザフト兵の足が止まる。理由は解らない。けれど、そこを見逃すほど私は甘くない。メンテナンスハンガーを駆け上がりながらの一撃。しかし、コーディネーターの反応速度は私の予想を遙かに上回り、肩を掠めるに留まった。が、それでもザフト兵を追い払うには十分な一撃だった。

「……スズネ!」

ラミアス大尉が少年をX105のコクピットブロックに押し込むと、ハンガーから機体に駆け上がった私に手を伸ばす。手負いの赤いスーツのザフト兵はX105から飛び降りた後、コーディネーターにしかできないような動きで無人のX303に乗り込むのが見える。悔しいが、今から追いかけても間に合わない。

私はラミアス大尉の手を取る。その手は赤く塗れており、女一人を引き上げることなど苦痛以外のなにものでもないことが判るが……ラミアス大尉は笑って私を引き上げた。

私がX105のコクピットブロックに滑り込んだ途端、本来単座のX105のコクピットブロックは汗と血と油と……そして軽く甘い匂いに満たされる。少年とラミアス大尉をシートの左右の空間に移動させた私は、通常の起動シークエンスをスキップできる限り全部スキップしてX105を起動させる。

見慣れた地球連合軍のロゴマークが起動画面に表示され、最低限飛ばせないセルフチェックとOSのブートシークエンスが走る時間すらもどかしい。そのとき、少年が『…ガ…ン…ダ…ム…?』と呟くのが聞こえたが、今の私にはそれに構っている余裕はなかった。


ハンガーに横たわった、暗灰色のX105のツインセンサーに灯が点り、接続されたままの各種ケーブルが名残惜しむ間もなく排除される。機体模擬装置では取れない貴重なデータ取りはこれで駄目になったが、今はそれどころの話ではない。


消える命の残滓が燃える炎を産湯代わりに立ち上がったX105 ストライク――それは私と、ラミアス大尉、そしてこの場に居合わせた少年の運命の歯車を、確実に切り替えていた……

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