Phase-4 "勇者再び"

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視界が開けた先……そこに我々の目標がいる。連邦はまだ我々に対応できていない。いや、対空砲火そのものは存在するが、どれも腰が入っていない。

連邦にとって、『自力飛行するモビルスーツ』という存在自体がまだ信じられないのだろう。MS-07H8――グフ・フライトタイプは、そんな古い常識を覆した機体だ。

だが、そんな連邦にも骨のある連中がいた。シールドに描かれた部隊マーク『08』。恐らく、臆病者の指揮官が最後の護りとして残していたのだろうか。連邦の旗艦――旧態依然とした陸上戦艦ビッグ・トレー――の主砲を躱した私の前に、奴は立ち塞がった。

ガンダムタイプ――しかし、特徴的な頭部のブレードアンテナはなく、白いボディも全体的に無骨なラインを描いている。現地改修機か?だが、乗っているパイロットは優秀なようだ。ビッグ・トレーの艦橋を護りつつ、私を押し返そうとしている。

ふと、興味が湧いた。接触回線で通信を試みる。

「モビルスーツのパイロット!聞こえるか?
 私の名はノリス・パッカード大佐。貴殿の名は?」

相手からの応答はしばしの間が開いた。だが、それは私にとっても予想外のものだった。

「シ、シロー・アマダだ……」

声には迷いがあった。しかし、その名前には聞き及びがあった。だから、言葉を継いだ。

「貴殿はアイナ・サハリンという女性を知っているか?」と……


「……隊長……パッカード隊長……」

ふと、世界が現実に戻る。いや、どちらが現実かは判らない。私は確かにあの後、シロー・アマダに討たれつつ任務を達成したはず……だった。シロー・アマダの放ったビームサーベルの光条に身を焼かれ、機体も爆散したはず……だった。

しかし、切り裂かれたグフの上半身が滑り落ちたのは地球の重力下ではなかった。そして、自分も重傷こそ負ったものの、生き存えていた。

そこは『プラント』と呼ばれるコロニーの一区画だった。名前はもはや意味がないと聞かなかったが。だが、彼らにとって、残骸とはいえグフと、そして私の存在自体が貴重なものとなったようだ。私は評議会と呼ばれるこの『プラント』の行政組織の機密事項とされ、グフの残骸も彼らの手によって分析された。いわば、私は彼らにとって未知の兵器を手土産に亡命したようなものだった。

リハビリの最中にこの世界の歴史も知った。私がいた宇宙世紀とは別の時間を歩む世界。しかし、人間は変わらない。そして、私も……

私は今昔のように黒い軍服に身を包んでいた。だが、胸にジオンの意匠はない。プラントの軍事組織ザフトの『黒服』。そして、階級の存在しないザフトにおいて、私はパッカード隊と呼ばれる部隊長となっていた。

先程から私を呼んでいたのは、このナスカ級高速戦闘艦『フォッシュ』の艦長だ。事実上、私の副官の位置にいる男は、実直で、信頼できる男だ。その男が、なにやら焦りの表情を見せている。ただごとではない事態が起こったようだ。

「何かあったのか?」

艦長は私に促され、言葉を継ぐ。

「先行したクルーゼ隊なのですが……我々を待たずに作戦行動を開始した、と。既に敵の新兵器3機を奪取し、現在も作戦続行中とのことですが……」

言葉を濁す。重大な問題が発生していることは間違いない。

「……クルーゼ隊は事前警告なしに中立であるヘリオポリスに攻撃を敢行した模様です。連合の新兵器が存在したから良かったものの、もしなければ……」

クルーゼ隊の隊長、ラウ・ル・クルーゼ――かつて私がいた世界にもいたような、仮面をつけた士官。どこの世界にも似たような趣味趣向の人間はいるらしい。そして、この男もかつて私のいた世界にもいた仮面の士官と同様に、独断専行する癖があった。

「それどころか、反撃にあって再奪取された場合、プラントにとっての打撃は大きい、か」

「はい」

「分かった。速度を上げろ。直ちにヴェサリウスと合流し、クルーゼ隊の血路を開く。連合も追撃してくるはずだ。これを叩くぞ」

指示を出した後、私はブリッジからモビルスーツデッキへと移動する。そう。この世界にもモビルスーツはあった。発生動機や発展過程は違えども。

整備要員の敬礼を受けつつ、私は愛機の前に立つ。青いモビルスーツ――グフ、ではない。私の乗っていたグフ・フライトタイプは上半身しかなく、現在はそのデータを解析して次世代機への礎となっている。尤も、最低限度の実用化まですらあと2年は必要とのことだが。

ZGMF-515。シグーと呼ばれるこのモビルスーツは、現在の主力機ジンの後継機として開発された。この世界のモビルスーツらしく、軽量で、機敏な動作が可能な代わり、非常に脆い一面を持つ。初めてグフ・フライトタイプの残骸を見たこちらの技術者がこの重量を飛ばしていたのかと舌を巻いたほどだ。この世界にも飛行可能なモビルスーツが存在するが、これは徹底した軽量化の末に飛行能力を得た、と言えるものだった。また、この世界では核融合が実用化されていない。そのため、モビルスーツは全てバッテリー駆動になっている。私にすればこちらの方が驚異的だったが、やはり技術系統の違いなのだろう。

私はコクピットに滑り込み、最終チェックを行う。やはり、ブリッジで指揮を執るよりここにいる方が安らぐのは、私が生粋の武人だからか。機体に異常はない。それどころか、完璧な仕上がりを見せている。整備要員の士気も高い証左。だからこそ、私はその期待に応える義務がある。


さあ、幕を開けようか。連邦と連合と、呼び名の差こそあれ、スペースノイドを敵とするアースノイドとの新たなる戦いの幕を。

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