Phase-6 "すれ違う宇宙(そら)"

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時は遷ろうもの。

嵐の中に輝いた時も、また流れ、遷ろう。

今、彼がここにいたならば……私のことをどう思うだろうか……


虚空の中を、一隻のシャトルが進む。何かを警戒しているのか、ガスのみのサイレントラン。船内は人いきれに溢れ、それでも、言葉を発する者はない。ただ、彼らの出で立ちはただの旅行者ではなかった。軍服、スーツ、白衣――およそ旅行者が着る服装ではない。

彼らは、ヘリオポリスから脱出した、オーブ連合首長国の技術関連者だった。ザフトのヘリオポリス侵攻を事前に察知したオーブ上層部の一部は、秘密裏に重要なポストにいる人物のみに脱出を指示した。ヘリオポリスで開発していた新型機は残念ながら破棄されたが、データは全て揃った状態で持ち帰ること……それが彼らに与えられた最大の使命だった。

その中で、一人の女性技術者が星々の瞬く宇宙(そら)を見つめていた。銀髪の、まだ美貌もそれほど衰えていない女性――誰も、彼女が二十歳を超えた娘を持つとは思えない――。彼女の上品なスーツの襟にはオレンジと黄色の階級章――オーブの一等佐官だ――が輝いている。そのせいか、周辺に座る人間も、どことなく彼女に遠慮している様子が見受けられた。

アイナ・サハリン・アマダ一等技術陸佐――それが彼女の名。オーブには30年ほど前に移住してきたが、オーブ帰化以前の過去の経歴は故人となった夫シロー・アマダ一等陸佐と並んで不明。中興氏族セイラン派に属する数少ない人間であるが、モビルスーツの運用、開発については比肩する者のない、現在のオーブには欠かせない人間。『モビルスーツ』という兵器を最近まで歯牙にもかけなかったサハク派、アスハ派がもう少し彼女らを厚遇していれば、歴史が変わったかも知れないとも言われている。

彼女は、もう少し運命の歯車がずれていたら出逢えていたであろう、自分の娘の一人に思いを馳せる。実際にテストを行う地球連合軍側の人間が着任したのは、地球連合軍――正確には大西洋連邦――と共同開発していた『G』と呼ばれる新型機動兵器のロールアウト直前だった。尤も、着任が遅れてくれたおかげで、彼女が出向しているオーブの国営企業モルゲンレーテ社は比較的楽に『G』の機体データを無断流用することができたのだが。

しかし、運命は皮肉なもの。地球連合軍側着任に備えた準備に忙殺されている間にヘリオポリスからの離脱命令が下り、今、ヘリオポリスはザフトの蹂躙を許しているという。

自分の娘、スズネは大丈夫だったのだろうか……夫とともにその誕生を喜んだ四人目の家族。夫の駐在武官任務中に誕生した娘は、生誕地の法によって二つの国籍を有することになり、それが娘が彼女の手から離れてしまう一因となってしまった。

戻れるのであれば、この手で抱きしめたい――叶わぬ願いは、彼女を締め付ける。オーブの神ハウメアの護りがあれば、いずれまた出逢えるのだろうか……


虚空は彼女の問いには答えない。ただ、そこにある。ならば、今はそれで良い、と彼女は思った。娘に託した、夫と自分の絆の懐中時計が、娘を護ってくれるに違いない。娘が『G』に関わるならば、また出会う時もあるだろう。そう信じて。


すれ違う宇宙(そら)――コズミック・イラ71年1月25日。アイナ・サハリン・アマダ一等技術陸佐は、このとき、まだ、試練の塔を登る勇者達に対する女神(イシュタム)のもてなしの数を、知る術を持たなかった……

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