Phase-7 "白の襲来"
*
平穏は、激動の隙間。
安寧など、存在しない。あるのは、ただ争乱の間隙に存在する刹那の凪。
けれど、その凪にすがっていたいと思うときがある――そう。今のように……
「……どう?」
ラミアス大尉の問いに、私は肩をすくめて見せた。
「どうもこうもありません。簡単に言えば、イベントドリブン(1)でスマートに動いていたプログラムを強引にGOTO(2)でジャンプさせたようなものです。スパゲティ(3)になってないだけマシ、ですね」
私の答えにラミアス大尉も頭痛を隠しきれないようだ。よくもまぁ、あの短時間でここまでやってのけたもの。彼、キラ・ヤマトは確かカトー・ゼミに通っていた、って言ってたかな?そうなると、モルゲンレーテ社の嘱託でもあったカトー教授がどうせ生徒には解らないと思って迂闊なことをしていた可能性も否定できない。ただ、それでもこれだけは言える。
「……ですけど、X105の能力については、100%引き出せてる、と言えますね。バランサーの調整とか、まだ必要だと思いますけど」
私もこのプログラムについてはそれほど詳しくはない。というより、通常一般に現地でパイロットがOSの改変など行わないため、この技能はあまり重要視されない。けれど、私も全くの素人ではない。そうでないと、今の任務は務まらない。パラメータを呼び出すだけで、彼――キラ・ヤマトがとんでもないことをしてくれたことは理解できた。
「……で、どう?動かせる?」
ラミアス大尉の質問は単純だ。Yesか、Noか。
「……動かせるか、じゃなくて、動かすのが私の仕事です。できれば今の状態をシミュレータにインストールして訓練したいところですけど……」
言いつつ、私はX105――ストライクのコクピットから外を見る。現在、私達はストライクを改変したキラ・ヤマト、及び戦闘時に居合わせた彼の学友達を臨時徴用してストライクの追加装備を装着する作業を行っていた。臨時徴用の理由は軍の最高機密への関与に対する機密保持のため――申し訳ないが、彼らをこのまま解放するわけにはいかなかった。
ラミアス大尉は輸送中に攻撃を受けて放棄されたX105用の装備運搬車に、キラ・ヤマト達を向かわせていた。この中に納められていたのはランチャー・ストライカー・パック――砲戦仕様の追加装備――使いどころが難しい装備だが、ないよりはあった方が良い。
ラミアス大尉は装備を急がせるが、何しろ相手が素人の学生達。すんなり事が運ぶはずもなかった……が、それを覆す事態が発生した。そう、敵の再来……彼らだって、まだ死にたくはないはず。逆に、バッテリー・エンプティ・サインが点灯するコンソールを前に碌に動けないストライクのコクピットで待つしかない私の方が、彼ら以上に焦燥感に駆られていた。
ラウ・ル・クルーゼはシグーのコクピットで笑っていた。ヘリオポリスに存在する新型を迎撃するつもりが、途中で思いもよらぬ『戦友』に出会ったためだ。
「……まったく、厄介な奴だよ!ムウ・ラ・フラガ!私が君を呼び寄せるのか、君が私を呼び寄せるのか!」
敵はオレンジ色のモビルアーマー。連合の『メビウス・ゼロ』と称されるものだ。有線誘導式の移動砲台『ガンバレル』を4基装備し、自軍のジンとも正面切って戦える連合の数少ない機動兵器だった。
ラウは相手のパイロットを知っていた。戦場で何度もすれ違った相手――理由はそれだけではないが――であり、彼自身の合わせ鏡とも言える存在だったからだ。しかし、今は相手をしている時間がない。早くしないと別の厄介者が現れる……そう判断したラウは、機体を翻すとヘリオポリスへと進入する。メビウス・ゼロも追いかけてくるが、気にするほどでもない。0G圏内、最低でも大気のない場所でなければ『ガンバレル』はまともに運用できないことが判明しているためだ。
ヘリオポリスへと進入して間もなく、彼は獲物を発見する。白いモビルスーツ――連合の新型、どれほどの性能か見せてもらおうか。
「まだ終わりませんか!」
私はコクピットの中で焦りを隠しきれないでいた。IFFの反応がない機体――つまり、敵――が迫っていることを、ストライクは私に告げ続けている。
「……待って……今……!」
ラミアス大尉の言葉と同時に、ストライクのコンソールにもランチャー・ストライカー・パックの接続確認とバッテリー接続完了が表示される。消費していたゲージが戻り、ランチャー・ストライカー・パックの装備によって変動したバランサーパラメータを調整すると、ストライクをゆっくりとディアクティブ状態からアクティブへと移行させた。
ストライクが立ち上がりざまに放った肩の120ミリ対艦バルカン砲の火線と敵の白いモビルスーツ――ザフトの新型、『シグー』――の手にした重突撃機銃の火線が交差する。お互いに命中することはなかったが、敵の動きは予想以上に速かった。
「ほう。意外と……だが、まだまだだな……」
ラウは自分だからこそ躱せた敵の一撃に評価を改めた。狙いは正確、そのため予想しやすい……が、だからといって与しやすい敵ではない、と。
「さて、厄介者が集う前に、全てを終わらせようか!」
ラウは背中に迫る別の厄介者達に向けて、そう言い放った。
- イベントドリブン:プログラムの最初から最後まで順番に動作するのではなく、通常は待機状態で何かのイベントを受け付けて初めて動作(ドリブン)するプログラムのこと。最近のOS(WindowsやMac OS等)はほとんどこのタイプ。
- GOTO:古くはBASIC、最近でもC++やDelphi等に存在する強制ジャンプ命令。イベントドリブンなプログラムでは処理の流れを阻害し可読性を損なうだけなので推奨されない。(敢えて使うなら多重ループを一気に脱出する程度。これにも代替方法はある)
- スパゲティ:この場合は可読性が非常に低く、まるで絡み合うスパゲティのように理解しにくいプログラムのこと。往々にして書いた本人にしか理解できないため、こんなものを引き継いだ人間はメンテナンスや改良で地獄を見ることになる。