Phase-9 "畏れる力"
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外から見なければ判らないことがある。
夢中になっている自分を、外から見つけている冷ややかな自分。
これに気付かなければ、大切なことを見落としてしまう。
そして、僕は今、その機会を与えてもらえたことに感謝する。
もし、この機会がなかったら……多分、僕は自分を嫌うことも出来なったに違いないから。
立ち上がったストライクが放つ120ミリ対艦バルカン砲の轟音は、キラ達をシグーの攻撃から守ると同時に、今自分達がどこにいるかをキラ達に再認識させる合図でもあった。高速で航過するシグーを追いかけて、スズネが操るストライクが離れていく。その様子に、キラは改めて自分が乗っていたものの現実を知った。
「……これが、戦場……?」
呆然とするキラをマリューが輸送車に引き寄せる。下手な移動は的になるだけ。けれど、せめて流れ弾に当たらない場所に移動するというのが、彼女の考えだった。
「……機体が……敏感すぎる!」
スズネがコクピットで呻く。キラがOSの駆動系部分を一変させたX105――ストライクは、それまでと違い相当ピーキーな仕上がりになっていた。振り回されそうになるのを必死に押さえながら、実戦の中でその癖を掴もうとするが、それでも油断すると流れてしまいそうな機体は相当な難物だった。
「……お願いだから……言うことを聞いて!」
スズネは暴れ馬そのものの機体に閉口するものの、徐々にその癖が理解できてくる。こう動かせば、スムーズに移動できる――それが解った時、スズネは自分の考えを実行に移した。
「……連合の新型……近付かせないつもりか」
ラウは連合の白いモビルスーツが放つ火線を躱しつつ、歯噛みする。近付こうとするとバルカンで間合いを離され、それでいてまだ背中の巨大な得物――見たところ、自軍のバルルス改・特火重粒子砲のような大口径火砲のようだが――は沈黙を保っている――その威力が判らない以上、下手な間合いは命取りとなる可能性がある。だが、近付かなければどうしようもない。重突撃銃を放ち接近するが、敵は身軽にその火線を躱し反撃に転じる。だが、さすがにラウもその攻撃がバルカン砲による牽制だけ、ということに違和感を感じていた。
「……ふん。見かけ倒しか。それならば」
ラウはスロットルを開き一気に間合いを詰めようとする。そのとき、敵の動きが変わったことに、ラウは思わず笑みを浮かべた。
「……この位置なら!」
スズネは暴れるストライクをマリュー達から引き離しつつ、攻撃のタイミングを計っていた。近付くシグーを120ミリ対艦バルカン砲『だけ』で牽制していたのも、今まで背中にマウントされた320ミリ超高インパルス砲『アグニ』を沈黙させていたのも、『アグニ』が撃てる自信がある距離と場所まで敵を引き離すのが目的だった。純白のシグーがそろそろ痺れを切らしたか直線的に突撃してくるのを見て、スズネはターゲットスコープにシグーをロックし、『アグニ』発射態勢を整える。スズネがトリガーを引いた時……『アグニ』の砲身内部の加速器で加速された、圧縮された高エネルギーが一瞬の間をおいて咆哮する。咆哮は指向性を持ったエネルギーとなって、ヘリオポリスの空気を過熱しつつ敵を目指す。その時、スズネは予想外の方向から予想外の火線が同時にヘリオポリスを奔るのを見た。それは宇宙港から発せられ、コロニーの無人区画である中央空域を奔るが、コロニーの大黒柱であるセンターシャフトを掠めシャフト周辺を定円飛行している天候操作用無人観測機を1機破壊したところで霧散する。やや詰めは甘いが計算された砲撃――それを撃ったのが誰か、スズネには見えるようだった。
ラウは突然予想外の方向からエネミーアラートサイレンが告げられたことに、一瞬目の前の敵から視線を外した。次の瞬間、彼は二条の光条を目にする。一つは宇宙港から発せられ、一つは自身に向かってくる。彼は超人的な緊急回避機動でそれを辛くも躱したが、躱しきれず重突撃銃を右腕ごと持っていかれる。激しい振動がコクピットを揺さぶり、それが収まった時――ラウはコロニー内を飛翔する白亜の巨艦を目にしていた。
「……連合の新型戦艦……仕留め損なったか……」
ラウの表情から酷薄な笑みが消える。状況は圧倒的に不利になった。単機で連合の新型モビルスーツだけでなく、新型戦艦をも同時に相手にする状況は、手負いの今にはやや荷が勝ちすぎた。
「……ああっ!」
暴力的な光の奔流。キラは全身から冷たい汗が噴き出してくるのを感じていた。目を灼く二つの巨大なエネルギーの奔流。凶悪なまでの火力。それは敵モビルスーツの腕を幼児が昆虫の足をもぎ取るかのように簡単に消し飛ばし――そればかりか有り余るエネルギーがヘリオポリスの対岸の地面を白熱させ、穿つ。巨大なエネルギーはヘリオポリスの外殻に大きな穴を穿った後、虚空へと吸い込まれていった。あんなものを動かしていたのか――キラはストライクの放った一撃を、まるで自分が引き金を引いたかのように畏れた。閃光が消えると同時に、宇宙港の方角から爆炎を潜り抜けて白亜の巨艦がヘリオポリス内部に進入する。その場違いな美しさに、キラは一瞬目を奪われた。
「……アークエンジェル……無事だったのね」
重力の低い高空を悠然と飛行する白亜の巨艦――地球連合軍の新型強襲機動特装艦アークエンジェル級1番艦『アークエンジェル』が、その特徴的な両舷のカタパルトデッキと大気圏内航行用の主翼を広げ、視界を覆う。マリューはその勇姿に安堵した。そして、その聞き慣れない神秘的な名称を、キラは小さく呟く。
「……アーク……エンジェル……」
視界を覆う優美な大天使を前に、敵モビルスーツは先程ストライクが穿ったヘリオポリスの外殻破口から退却する。それがひとまずの終焉の笛となった。
「……被弾した。帰投する!」
予想外の結果に、歯噛みする者がいる――
「……こんな状態じゃ……」
拾った幸運に、悔しさをかみ殺す者がいる――
「……これが、戦争……」
そして、目の前の現実に、戸惑う者がいる――
マリューは目の前で起こった現実をまだ認識しきれないキラ達を連れて、アークエンジェルが着陸した場所へと急ぐ。まだ、何も終わってはいない――それは、彼女達大人だからこそ理解できるものであり、少年達に理解させるには苛烈な現実でもあったが、今はただ、希望の糸が途切れていないことを喜びたいと思った。