Phase-10 "出逢い"
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平和だったあの日々は、過去に彩られた思い出に似ている。
どんなに焦がれても取り戻すことはできなくて、塗り重ねられていくそれは徐々に本来の輝きから色褪せていく。
それでも、そこに佇んでいたいと思う時がある。
戦争が遠いTVの向こう側だったあの日。僕達は、もう一度そこに還れるんだろうか……
ヘリオポリスに進入した純白の『シグー』の襲来――それは、ナタル・バジルール少尉を筆頭とした残存兵員によって出航した新鋭強襲機動特装艦アークエンジェルと、ランチャー・ストライカー・パックを装備したストライクによって撃退された。とりあえず、今は。
『シグー』を追跡してヘリオポリスに進入し、損傷した『メビウス・ゼロ』のパイロット、ムウ・ラ・フラガ大尉と、GAT-X105ストライクを収容したアークエンジェルは、今、騒乱の坩堝にあった。敵の襲撃があった以上、集められるだけのデータと機材を収容して速やかに離脱しなければならないが、そもそも生き残った士官が、『G』担当技術主任であり元々アークエンジェルの副長でもあったマリュー・ラミアス大尉と、ザフト襲撃時にアークエンジェルを起動させられた最先任士官だったナタル・バジルール少尉、『G』のテストパイロット兼オペレータ要員だったスズネ・サハリン・アマダ少尉、そして、アークエンジェルに収容された第7艦隊所属のエースパイロット、『エンデュミオンの鷹』こと、ムウ・ラ・フラガ大尉しかいない。つまり、編制で言っても副長(航海科、飛行科を兼科)、船務科(砲雷科を兼科)、飛行科(一人船務科を兼科)しか士官が存在しないと言う、素晴らしく歪な状態が、現在のアークエンジェルだった。幸いにして下士官や兵卒がそれなりに生き残ってくれたのが救いか。そうでなければ、艦を動かすことすら、まともにできなかっただろう。
そんな状態で、騒動は起きた。ムウ・ラ・フラガ大尉の軽い一言で。
それは、ストライクと、その装備を搭載した輸送車を、キラ達臨時徴用の学生を使ってアークエンジェルに搬送した時だった。ようやくアークエンジェルに到着したマリュー達を出迎えるナタル達。お互いの無事を確認し合うもつかの間、見慣れない、いや、ニュース等では飽きるほど見ている金髪碧眼の青年士官に、マリュー達は敬礼した。
「第8艦隊所属、マリュー・ラミアス大尉です」
「同じく、第8艦隊所属、ナタル・バジルール少尉であります」
「同じく、第8艦隊所属、スズネ・サハリン・アマダ少尉です」
「……第7艦隊所属、ムウ・ラ・フラガ大尉。よろしく」
返礼するムウ。マリュー達の第一印象は、『思っていたより、軽そう』で一致していた。だが、ムウにしてみれば護衛してきたはずの『G』テストパイロット全滅だけでなく所属している母艦も轟沈、収容された新鋭艦も、いざ降りてみれば士官はのきなみ戦死していて、生き残っていた士官は自分とさして年も変わらぬ若いWAVE(1)ばかり。考えようによっては天国だが、どう考えても地獄の釜の縁に足をかけているようにしか思えない。空元気と言われようとも、これが彼なりの現状に対する対処の仕方だった。
「どうやら、俺が護衛してきたひよっこどもはみんなやられたようだな。君が、あれを?」
「はい。……まだ、機体に振り回されていますけど」
ムウはディアクティブモードに設定され暗灰色の装甲を見せている新鋭機と、そこから降りてきた作業着姿の女性士官を見比べた。銀髪を肩にかかるかかからないかで切り揃え、整った容貌と、すらりとした体躯は、やや自分の好みから外れるな――そう思った時、先程から引っかかっていた名前が『あること』に行き当たった。
「……あれだけできればたいしたものさ。さすが、
ムウの言葉に最初に反応したのは意外にもナタルだった。しかし、ナタルが口を開く前に、スズネがそれを制する。
「……その言い方、止めていただけますか?フラガ大尉」
触れたものを全て両断してしまうかのような冷然とした雰囲気。それはそれまでの彼女からは考えも付かないもの。ムウは改めて自分がとんでもない地雷を踏んだことに気付いたが、覆水は盆には返らない。
「……ストライクのチェックをしてきます。まだ戦闘配置中ですから」
「……え、ええ。お願い……」
マリューは敬礼してその場を離れるスズネに、それだけしか言うことができなかった。噂話でしかなく、自分からそう呼んだことがなかったため今まで気付かなかったこと――ナタルはスズネがあんな反応を見せた理由を知っているようだが……あとで時間がある時に聞いてみるしかなさそうだ。マリューがちらりとムウに視線を向けると、失敗したとの表情を隠す気もない様子が見えた。マリューはその無神経さに内心腹立たしく思いながら、『モルゲンレーテ』から運ばれてくる機材・資料を満載したトラックの受け入れ準備に向かう。その前に、制服に着替えないと……時間がないにも関わらず真っ先にそのことが頭に浮かんだことに、マリューは苦笑した。
士官達の剣呑な雰囲気を、キラは遠巻きに眺めることしかできなかった。今いる場所が連合軍の新鋭艦で、自分達は軍の機密に触れてしまったとのことで軍に臨時徴用されて、新型モビルスーツ用の装備を運ぶことを強要された。これからどうなってしまうのだろうか――それは、解らない。サイやトール達も、同じ考えのようだ。トールは一人だけ女の子のミリアリアに付き添って、彼女が挫けてしまわないように手助けしている。解っているのは、もう昨日までの生活はできないと言うことだけ――それと同時に、キラはモビルスーツに乗る前、炎の中で出会った、ザフトの赤いスーツの少年のことを思い出す。月の幼年学校の同級生、かけがえのない幼なじみ。彼は今、どうしているのか、と。
コズミック・イラ71年1月25日。長い一日は、まだ翳りを見せない。分かたれた運命の糸が再び織り綴られようとしていることにも、まだ、誰も気付いてはいなかった……
- WAVE:この場合は女性尉官を指す