Phase-11 "襲い来るもの"
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「……D装備だと?貴殿、何を考えている?」
「……仕方ないだろう?連合の新型、ここで逃せばその代償、我らの血で贖う必要がある」
「中立のコロニーに襲撃を仕掛けるとは、連合に反撃の口実を与えるに過ぎん!」
「そう思うのなら、早く合流することだ。それまでは、私の作戦を続行する」
「……ラウ・ル・クルーゼ……」
「お手並みを拝見といこうではないか。ノリス・パッカード。君が来るのであれば、その時点で私の作戦は中断しよう。君の作戦が継続できる限り、はな」
「……その言葉、偽りはないな?」
「私は嘘は言わんさ。そろそろ時間だ。待っているぞ。ノリス・パッカード隊長……」
モニタの向こうで仮面の男は冷笑する。言葉は時に真実にこそ偽りをはらむもの――しかし、今、彼にはそれを止める手立ては一つしか残されていなかった。
「……連合の新型……今度こそ叩き落としてやる……」
ミゲル・アイマンは突貫作業で修理させた愛機を見上げる。尊敬する先輩と同じ、オレンジ色に染め上げられた先行量産型『ジン』――『黄昏の魔弾』専用機――にバルスス改・特火重粒子砲を持たせたその偉容を、彼は誇らしげに見上げた。先程は不覚を取った。しかし、二度はない。
ミゲルは『ヴェサリウス』のハンガーデッキに目をやる。ハンガーデッキの一角には奪取した連合の新型が4機、その赫々たる戦果を誇るように並べられている。その中の1機、確かGAT-X303『イージス』と言ったか、アカデミーの後輩、自分が卒業後に新設されたトップエリートの証『赤服』の栄誉に浴しているアスラン・ザラが奪取したモビルスーツの前で、アスランが整備兵に指示を出している様子が見える。既に即席の治具が作成され、基礎データの吸い出し及び使い物にならないOSの書き換え、バッテリーの再充電は完了しているとのこと。さすが、ザフト、いや、コーディネーターは仕事が早い。ナチュラルではこうはいかないだろう。ミゲルはその様子に満足し、ジンのコクピットに向かった。
「……残念だけど、まだ君達を解傭(1)することはできないわ」
目の前の軍人――地球連合軍の将校、マリュー・ラミアス大尉と名乗った――の言葉は、キラ達に重くのしかかった。通っていたカトー・ゼミにほど近いモルゲンレーテ社とアークエンジェルを数度往復して使える装備と大小取り混ぜたパーツを運び出し、もう用済みになったと思ったのに。戦闘が始まった時にはまだ朝だった時間も、既に夕暮れになろうかとしている。確かにヘリオポリスには最大レベルの避難警告が出されており、まだ解除されていない。移動中にも人っ子一人確認できず、無人の街はあり得ないような不気味さだったことを覚えている。それでも、自分達は民間人で、軍人ではないのに。
「言いたいことは理解できるけど、こちらも、貴方達のことを考えるとそのまま解傭して解放すると言うことはできないの。今のままだと、貴方達は犯罪者になってしまうから」
「……犯罪者って……俺達は何もしていないのに!」
リーダー格のサイが眼鏡の奥の眦を決してマリューに食ってかかる。しかし、マリューはそれを無視して続ける。
「関係者でない者が軍事機密を間近で見る、と言うことは、そう言うことなの。特に……キラ・ヤマト君だったかしら。貴方のように、軍人ではない者が戦闘行為を行った場合は、その行為そのものが犯罪となるわ」
「そんな……」
「無茶苦茶だ……」
「私達、ただ巻き込まれただけなのに……」
不満を露わにするキラ達に、横から声がかかった。
「……だから、ラミアス大尉は貴方達を臨時徴用して、それ以後の行動が犯罪とならないようにしたの。軍属の人間が上官の命令によって戦闘行為を行うことは、正統な任務だから」
銀髪の女性士官。キラ達はその顔に見覚えがあった。確か、スズネ・サハリン・アマダ少尉と言ったはずだと、名前を思い出した。こちらも最初に出会った時の作業着姿ではなく、地球連合軍の軍服に着替えていた。
「ラミアス大尉。ストライクの調整、ひとまず終了しました。完璧、と言うわけにはいきませんが、いつでも再出撃可能です」
敬礼して報告するスズネを、キラ達は理解できない視線で見つめていた。どうして自分達が犯罪者扱いされなければならないのか、と、その目は物語っている。
「……横暴だ。僕らはヘリオポリスの民間人なのに。中立なのに……」
「中立だから関係ない、と言っておけば、今でも無関係でいられる……そう思ってる?」
「……え?」
キラはスズネを真っ正面に見た。整った顔は、全く笑っていない。
「オーブは武装中立を国是としているものね。けれど、今のヘリオポリスを見て、それでもそう言っていられる?」
キラ達は輸送車から見たヘリオポリスを思い出す。人っ子一人いない街並み、傷付いたシャフト、自動修復されつつあるが大きく穿たれた外殻――その向こうには、生命の存在を許さないかのような、凍てついた宇宙空間が見えていた。
「……外の世界は戦争をしているの。これが現実。理解した?」
スズネの静かな一喝に言葉をなくしたキラ達に、マリューが柔らかく微笑む。場を和ませようとしているのだろう。
「……軍も結局はお役所なの。現場で決めたことだけじゃ動けなくて、書類が全て。だから、ちゃんと処遇が決まるまで、貴方達を解放することはできない。ごめんなさいね」
マリューはそう言うと、キラ達を目の前の部屋、士官室に入れ、ロックをかける。言うまでもなく、これは幽閉だった。
「ごめんなさいね。嫌な役を押しつけて」
少年達を幽閉した後、マリューはスズネに声をかける。身勝手な、周りが見えていない少年達にもう少しで激昂しそうだった時、スズネが言いたいことを全部代わりに言ってくれたからだ。
「これもお給料のうちです。ラミアス大尉。それより艦長として指揮を執るんですから、もっと高い視線で指示を出してください。細かいところは、私とバジルール少尉でカバーします」
スズネは涼しい顔で返す。そう。マリューは艦長不在のアークエンジェルの代理艦長として指揮を執ることが決まっていた。先任将校はフラガ大尉になるが、彼はこの艦のことは解らないため、マリューがその任に当たることになったのだ。
「……そう言えば、アマダ少尉、確かバジルール少尉とは……」
マリューがそこまで言いかけた時、艦内にアラートサイレンが鳴り響く。マリューとスズネを呼ぶ艦内放送が連続して流れる中、マリューが手近なインターホンを取ると、フラガ大尉が出た。
「どうしたの?」
「……またモビルスーツだ。しかも、連中、拠点攻撃用の重爆撃装備でご到着だ。早く上がって指揮を執れ!」
「解りました。全艦、第一種戦闘配備。フラガ大尉は出られますか?」
「……なんとかな。ここの整備班は良い仕事してくれたよ」
「解りました。それでは、フラガ大尉はメビウス・ゼロで、アマダ少尉はストライクで迎撃を」
マリューがスズネに向き合う。スズネは短く敬礼した後、走り出す。スズネの後ろ姿が角を曲がる前に、マリューもブリッジへ向け走り出した。自分の職責を果たすために。
搬入作業を中止し、出撃準備に忙殺されるアークエンジェルの格納庫は、まさに戦場だった。スズネはその隙間を縫うように今の愛機GAT-X105『ストライク』の元へと急ぐ。その時、彼女に声をかける者がいた。
「……少尉!本当にランチャー装備でいいんですか?ソードにした方が……」
士官不在のため整備士を纏めているコジロー・マードック軍曹がパイロットスーツ姿のスズネに声をかけた。マードック軍曹も一撃でヘリオポリスの外殻を穿った『アグニ』の威力は既に聞いている。これで出撃して、今度はコロニーそのものを破壊しないかを心配していたのだ。
「出力はさっきの調整で60%に落としたから、1発でコロニー外殻を貫通することはないわ。私も、もうあんなのはこりごりだから」
スズネもシグーとの戦闘結果から、ランチャー・ストライカー・パックのコロニー戦用プリセットを即席で作成していた。ただ、実体弾なら弱装弾に相当するよう、出力を落とした設定を作成し、一撃のパワーが落ちた代わりに発射回数を増やすように調整していたとは言え、実際の試射もしていないのだから実戦でどうなるかは解らない。結果はあくまでシミュレータのみ。それを知ってか、マードック軍曹は食い下がる。
「……だったら……なおのこと……」
「……今のストライク、接近戦ができるような状態じゃないから。エール・ストライカーはまだ調整が終わってないし」
その言葉にマードック軍曹は言葉を返せなかった。一番最後に搬入されたエール・ストライカー・パックは、まだ組み立て途中のパーツ状態だったからだ。テスト機用に完成していたものは、最初の攻撃で輸送車ごと破壊されていた。
「……解りました。整備はしっかりやっておきましたから、安心して乗ってください。ご武運を!」
敬礼するマードック軍曹に、スズネは返礼しつつストライクのコクピットへと上がっていく。やがて、ストライクはカタパルトデッキへと移動し、リニアカタパルトの射出準備が整う。
「……リニアカタパルト動作正常。進路クリア。アマダ少尉、ストライク、いつでも発進できます」
オペレータ席に座っているジャッキー・トノムラ伍長が発進準備完了を告げる。本来なら自分が座っていたはずの席に自分はおらず、本来いるはずのない席にいる――スズネは運命の悪戯にくすりと笑みを浮かべた後、まっすぐ前を見る。ふと気付くと、首から下げている懐中時計に手をやっていたことが、彼女の緊張を解きほぐした。
「……スズネ・サハリン・アマダ少尉、ストライク、発進します!」
ミラーの角度で夕暮れを告げようとする黄昏の中、リニアカタパルトから射出されたストライクが躍り出る。モニタには、先行して発進したオレンジ色のモビルアーマー、フラガ大尉のメビウス・ゼロが映る。機体後部の特徴的な『ガンバレル』が2基しか装備されていない。突貫修理したのだろうか――スズネはそんな考えを振り払い、今にも始まる会戦に集中する。既に敵機は複数の方角から侵入し、アークエンジェルに迫っている。その中で、唯一ミサイルではなく大型の重粒子砲を装備したオレンジ色のジンが、自分にまっすぐ迫ってくるのを確認した。
「……エース機……!?」
スズネはモニタが映し出した、そのオレンジ色のジンのすぐ後ろにいる機体に驚愕する。何故なら、データベースが照合したその深紅の機体は……GAT-X303『イージス』だったから……
- 解傭:民間で言うところの解雇のこと。