Phase-12 "たちはだかるもの"

*

不意に揺れる部屋。僕達は閉じこめられたまま、その事実を甘受する。

それでも断続的に続く振動は、今、この戦艦が戦っているのだと、僕達に教えている。

けれど――僕達は、逃げることも、立ち向かうことも許されない。

耐えかねて、泣き出す友達。それを庇うのもまた僕の友達。

これが――戦争。あの人が言った、『外の世界』。

僕達が今までどれほど幸せに暮らせていたのか、今になってそれを痛感する。

もう還れない、もう戻れない場所まで、僕達は来てしまっていた……


ミゲルは歓喜した。モニタに映る、長大な砲を装備した敵モビルスーツに。やっぱり出てきたか、と。あれは、俺が屠る――ミゲルは後続する鹵獲機、『イージス』を駆るアスランに、高らかと告げた。

「アスラン!新型でついてきた心意気は認めるが……手を出すなよ。あいつは……俺が墜とす!」

言いつつ、ミゲルはバルスス改の砲口をストライクに向けるが、敵は一瞬のうちにスコープから消えていた。ジグザグ運動を繰り返しつつ距離を取る敵に、ミゲルは今までとは違う手応えを感じていた。何故なら、射撃時には停止するのがセオリーであり、そこを狙えば良かったためだ。

「そぉら墜ちろぉ!」

バルルス改・特火重粒子砲が火を噴く。動きの止まらない敵に対する見越し射撃。しかし、敵は難なく躱し、火線は敵の後ろにあった、センターシャフトに繋がるアキシャルシャフトを倒壊させたに過ぎなかった。ミゲルは次弾を発射しようとするが、敵は細かな動きで狙いをつけさせない。だが、敵は母艦を気にしているようだと、その動きから気付いた。それならば……ミゲルはできるだけ敵を母艦から引き離すように射撃を続ける。敵の装備した自分の得物のバルスス改を越える長砲身の火砲は、未だ火を噴いていない。一方、ミゲルはアスランの操るイージスが、射撃はしないまでも敵の動きを抑えるように移動しているのを見た。さすが、伊達に赤は着ていない、というところか。ミゲルはその動きに満足し、機敏に動く敵を追った。


「……速い!」

スズネはコクピットで呻吟する。敵のエース機――機体色からザフトの特務隊『フェイス』の『簒奪者』ハイネ・ヴェステンフルスか、特務隊ではないが恐るべき実力を持つ『黄昏の魔弾』ことミゲル・アイマンか――の動きは通常の『ジン』を遙かに上回る機敏さで、なおかつ、それをサポートする『イージス』も攻撃こそしてこないが自分の頭を抑えるように遷移して行動を制限している。おまけに、敵の火力はアキシャルシャフトを一撃で倒壊させる。『イージス』も攻撃をしてこないが、あの機体の攻撃力は元々テストパイロットであるスズネにとって、解りすぎるほど理解していた。それに加えて、アークエンジェルを取り囲む敵部隊も、拠点攻撃用のミサイルで猛烈な攻撃を加えていた。現在被弾はほとんどないようだが、アークエンジェルが躱した敵弾は、容赦なくヘリオポリスの構造物にダメージを与え続けている。Gの低い中心部ではなく、地表に降りるか……その考えをスズネは即座に却下する。火力重視のランチャー・ストライカー・パックで、このエース機を地表で相手にすることは自殺行為に等しいと判断したからだ。

意を決したスズネは至近を通り過ぎる敵の火線を躱し、射線を取られないジグザグ機動を繰り返しつつ目の前のオレンジ色のジンに肉薄する。しかし、攻撃する前にイージスからのロックオンアラートが鳴り響く。実際に攻撃はされなかったが、そのプレッシャーは十分すぎた。


「……ちぃっ!『白の亡霊』の次は『黄昏の魔弾』かよ。クルーゼ隊のエース級が勢揃いしてるな」

ムウがコクピットに映る無情な戦況に歯噛みする。その言葉に、マリューを始めとするブリッジクルー全員が戦慄した。

「『白の亡霊』って……じゃぁ、さっきのシグーはラウ・ル・クルーゼ……」

マリューは改めて、自分がとんでもない幸運に恵まれたことを知る。開戦劈頭の『世界樹』攻防戦(バトル・オブ・イグドラシル)で37機のモビルアーマーと6隻の戦艦を沈めたザフトのスーパーエース。彼の乗る純白のジン・ハイマニューバを見た者は死ぬ……そんなジンクスさえ存在する、連合軍側にとっては悪夢の象徴。また、『黄昏の魔弾』と呼ばれるミゲル・アイマンも、彼が尊敬するエースパイロット、ハイネ・ヴェステンフルスの通り名にちなんだ『奪うもの』(デフロック)と名付けられたオレンジ色のカスタムジンに相応しく、一撃離脱の高速戦法を主として彼の手にかかった者は撃たれたことすら気付かない、と言われるエースパイロットだった。彼らスーパーエースを相手にして撃墜されていないのは、スズネの伎倆と、何よりもストライクの性能か……


沈黙するブリッジ。そんな様子を見てか、ムウはスピーカー越しにブリッジに響き渡るように言い放った。

「……安心しろ!この艦には俺がいる。奴のジンクスも、俺には通じない。
 なんたって、俺は不可能を可能にする男だからな!」

言うなり、ムウはスロットルを開く。突貫修理した『メビウス・ゼロ』と、その特徴的装備である有線誘導式移動砲台『ガンバレル』は数も足りず、両水平翼端にしか装備されていない。しかも、ここはコロニー内部。分離しての攻撃は不可能。だが、彼も伊達にエースと呼ばれてはいなかった。スズネが『黄昏の魔弾』とイージスに苦戦していると見るや、『ガンバレル』をバーニア代わりにしてイージスに一撃離脱のリニアガンを放ち、直後、『ガンバレル』のバーニアで急速転換して再びアークエンジェルの直援に戻る。操舵手の神業的手腕によって一発の直撃も受けていないアークエンジェルではあったが、コロニー内部でミサイル等の大威力兵器を用いるわけにはいかず、防空機関砲(イーゲルシュテルン)のみでは、弾幕にも限りがある。機動兵器で弾幕の中に突っ込むのは度胸がいるが、だからといって手をこまねいているわけにも行かなかった。

「……なにやってる!早く宇宙港へ行け!的になるだけだぞ!」

ムウがアークエンジェルに向かって叫ぶ。多勢に無勢。いくらエースでも、たった1機の機動兵器では艦を護りきるにも限度がある。ストライクにも戻ってきてもらいたいが……逆に言えば、彼女を敵のエースが狙っているおかげで、自分一人で防空任務が達成できている揺るがしがたい矛盾は、彼を苛立たせるのに十分な理由だった。


『メビウス・ゼロ』の援護射撃でイージスのロックが外れた瞬間を、スズネは見逃さなかった。『アグニ』の長砲身と空いた左腕を振り動かしての急速転換で背後を取っていたオレンジ色のジンに正対すると、ターゲットスコープにはみ出るほどに映った敵機にロックを合わせる――しかし、その一撃は狙っていた胴体ではなく、両足を吹き飛ばしたに過ぎなかった。突然のエネミー・アラート・サインへの反応と、その直後、それまで自分がいた位置を通り過ぎる火線に、照準がずれたためだった。


「……なにぃっ!?」

ミゲルは敵機の動きに驚愕した。得物と四肢の動作反作用を活用した慣性動作――アンバック(Active Mass Balance Auto Control)――による、急速方向転換で、背後を取っていたはずの自分が一瞬にして敵の得物の砲口の前に曝される。ここまでの動作は、『ジン』ではできない。鳴り響くロックオン・アラートに、ミゲルは死を覚悟した――が、運命の女神はまだ彼を見放してはいなかった。敵機は突然照準を外して射撃を行い、その一撃はロックされていたコックピットではなく、下半身を吹き飛ばしたに過ぎない。戦闘能力こそ失われたが、まだ自分は生きている。アスランの駆る『イージス』に拾われたミゲルは、火線の方向に、見慣れない青い『シグー』と、2機の通常型『ジン』を見た。『シグー』に装備されているが自分の部隊の隊長であるクルーゼも使用したことのない、シールドに内蔵されたM7070 28ミリバルカンシステム内装防盾の砲身は、まだ惰性での回転を続けている。あれが自分を助けてくれたのか……感謝と同時に、屈辱も感じる。だが、あの青い『シグー』が手出ししなければ、今頃自分は間違いなく敵の長砲身砲の直撃でこの世から消え去っていただろう。一度ならず二度までも。ミゲルは再戦を誓い、それまであの新型が生き残っていることを願った。奴を墜とすのは、俺だと……


「……そこの『ジン』!生きているなら早く離脱しろ!」

ノリスは大破した友軍機にそう命じつつ、コクピットのモニタが映し出す、白い敵モビルスーツの姿に、ある種の懐かしさを覚えた。

白を基調としたトリコロールボディ、頭部のV字型を基調としたブレードアンテナ、人間に酷似した頭部のツインセンサー……それらは、かつて自分がいた世界にも存在したものと同じ意匠を持っていた。ガンダムタイプ――天は再び自分にガンダムタイプと戦闘することを望んでいるのか……全身が武者震いに震える。世界を飛び越えた異邦人(エトランジェ)としての自分が、この世界の『ガンダム』と戦えることに。

「ラウ・ル・クルーゼ!聞こえるか!約束どおり、コロニー内部での爆撃は中断してもらうぞ!」

返事はない。しかし、それまで敵の木馬にも似た白亜の巨艦を攻撃していた『ジン』が、一斉に攻撃を中止して間合いを開ける。クルーゼの無言の回答にノリスは満足し、目の前の『ガンダム』を見る。長砲身の火砲を装備した遠距離砲戦仕様のようだが、それであの『黄昏の魔弾』を打ち負かしたのだ。油断はできない。ノリスは両脇を固める2機の『ジン』に向かって命令を下す。かつての自分の部下と同じ名を持つ二人。名前以外の共通点はないが、信頼できる部下としての評価は、変わることはなかった。

「ハンス、ウォルター!二人は上下を抑えろ!包囲して墜とす!」

『了解です。隊長!』

『了解!』


「……揺れが、止まった?」

最初に気付いたのは、トールだった。震えて泣き続けるミリアリアを庇っていた彼は、まるで目隠しをされたまま死を待つだけだった今の状況が変わったことを、まず訝しんだ。

「……サイ、キラ。俺達、どうなるのかな……」

キラもサイも、トールの問いかけに答を持たなかった。ただ言えるのは、このままでは、自分がどうして死ななければいけないのかも知ることができないまま、死ぬかも知れないと言うこと。ただそれだけだった……


「……青い『シグー』?……これは……今までのとは、違う!」

スズネは全身を駆け巡る悪寒を振り払った。先程の『黄昏の魔弾』、そして鹵獲機である『イージス』をあそこまで操るパイロットも強敵ではあったが、今回の3機は全く格が違うように感じられた。この『シグー』が現れた途端にアークエンジェルへの攻撃も中断され、まるで、それまでが露払いでこれが真打ち、とでも言わんばかり。そして、青い『シグー』を中心に2機の『ジン』が散開する。

「……来る!」

今までにない強敵の出現に、スティックを握る手に力が入る。そして、それはアークエンジェルと、『メビウス・ゼロ』を駆るムウも同様だった……

Next Phase...