Phase-14 "終焉の笛 始まりの時"
*
湧き上がる、思い出したくもない感情。
格下と思っていた相手の痛烈な反撃は、彼の古傷を容赦なくえぐる。
恐怖はやがて黒いヴェールに包まれて、ある感情に昇華していく――
『……私は地球連合軍士官、スズネ・サハリン・アマダ少尉……』
若い女の声だった。郷愁を誘う、懐かしい声に似た女は、自分をそう名乗る。
最初は、単なる興味からだった。地球連合の新型モビルスーツ、その勇敢なる戦いぶりに敬意を表し、しかる後、その身に己の力の足りなさを刻みつけるつもりだった。
敵は勇敢だった。強力な機体の性能に頼り切らず、母艦の援護でできた一瞬の間隙を衝いて大将首を狙う。狙いは悪くない。ただ、その機体は遠距離砲戦仕様。
「……貴殿は……」
まさか、と思った。しかし、聞かねばならない。私は言葉を続ける。
「……貴殿は、アイナ・サハリンという女性と、シロー・アマダという男性を知っている……か……?」
暫しの間。それは一瞬であったのかも知れないが、酷く長く感じた。やがて、答が返る。
「……知っている。だが、狙いは何だ?ザフトのパイロット、ノリス・パッカード!」
怒りと戸惑い。だが、それで十分だった。この女、スズネ・サハリン・アマダは――
だが、その思考は衝撃によって中断される。敵とて素人ではない。この隙に間合いを離し再度包囲網を突破しようとしたのだ。私を撃てたチャンスがあったのに撃たなかったのは、連合のパイロット、スズネ・サハリン・アマダ少尉なりの礼の返し方か。私は一瞬だけ、懐に気をやった。懐かしい世界と、懐かしい時間を繋ぐ、証に。だが、それも一瞬のこと。戦場で戦士を忘れたのは、このひとときだけ。例え眼前の敵が、もう逢うことも叶わぬ敬愛すべき人物の係累であろうと、討たねばならないからだ……
「……ハンス!大丈夫か?」
先程の母艦の攻撃で片足を失ったハンス機だが、返事は怯懦も気負いもない満足できるものだった。ウォルターも問題はない……が、彼は今敵モビルスーツに合流しようとした敵モビルアーマーと交戦中。それに、今、スズネ・サハリン・アマダ少尉の操縦するモビルスーツも加わった。さすがのウォルターも、これには苦戦している。
「ハンス!後方から射撃支援!私が切り崩す!」
『了解です!』
良い返事だ。この戦いを生き抜けば、良い指揮官になれるだろう。若さは、それだけの可能性を秘めている。そして、それは目前の敵も同様だ。
ハンスの射撃支援で敵機の連携を断ち、私の攻撃で撃墜する――しかし、敵モビルアーマーを狙った射撃は敵モビルスーツがその装甲を利して防ぐ。シールドは装備していないが、あの装甲は厄介だ。実弾兵器では貫通できないようだが……だからといって、無敵の素材などありはしない。どこかに弱点があるはずだが、今はそれを探している暇などない。装甲で防がれるなら、装甲のない場所を狙えば良い。それだけのことだ。
いつしか、私はこの戦闘に歓喜のような感情を覚えていた。強者に相見えることなど、そうそうないことだ。そして、敵機はそのどちらも強者といえた。万全ではない機体を巧みに操り攻撃を敢行するモビルアーマー、月のエンデュミオン・クレーターでの戦いで見かけた『メビウス・ゼロ』も。そして、この短期間で
――だから、私は気付かなかった。背後に迫る、闇を。そして、それを操る更に昏い闇に。
それは突然だった。敵モビルスーツの放った一撃が私を掠め、待機状態だったはずのクルーゼ隊の『ジン』を掠めてコロニーの大地を穿った時――『ジン』が突然爆撃を再開したのだ。問い質す私へのラウ・ル・クルーゼからの返事は、『恐慌状態に陥った部下の暴走』――所謂ヒューマン・エラーだと。私の権限ではクルーゼ隊への攻撃中止命令はできない。やがて敵母艦も反撃を開始し……そのうちに敵母艦が回避した一発のミサイルが運命を決めた。
限界を超えた破壊は、コロニーの基礎構造体をも揺るがし、やがて崩壊に導く。遠心力で人間が居住できる環境を維持していたコロニーは、その遠心力によって自壊を始め……やがて人工の大地は裂け、人工の地上に存在した構造物は生命の存在を許さない虚空へと誘われ、夕暮れの空も昏い虚空に吸い込まれる。中立コロニー『ヘリオポリス』は、その予想外の力により自ら崩壊。各地のシェルターが簡易救命艇となって宇宙に脱出するものの、これによって失われた人的物的被害は相当なものとなった。
この崩壊劇の最中、我々も脱出するのだけで精一杯だった。勿論、混乱の中敵母艦も、そして、あのスズネ・サハリン・アマダ少尉の乗る白いモビルスーツも、姿を消していた。
コズミック・イラ71年1月25日――後に史上初のモビルスーツ同士の戦闘が行われた『ヘリオポリス遭遇戦』と記される戦いと、その長すぎる一日は、こうして最悪の形で幕を閉じる。この惨劇を引き起こした我々ザフトに、ほんの数刻前まで『ヘリオポリス』と呼ばれていた宙域での人道的救援を行うことは、許されなかった……