Phase-15 "決意"
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現実とは、時に狂おしいほどに残酷なもの。
先刻まで存在していた人工の大地は、もうその残滓を虚空に散らすのみ。
護りたかったものは……自分のしてきたことは、一体何だったのか。
もうこんな想いをしたくないと思った時……私が選んだ道は、一つだけだった……
『……アマダ少尉……アマダ少尉……応答して下さい……アマダ少尉……』
ふと気がつくと、無線にトノムラ伍長からの呼びかけが続いていた。あの崩壊する『ヘリオポリス』からどうやって脱出したのか、記憶がない。フラガ大尉は無事だったのだろうか、それすらも判らない。
モニタに映る景色は、完全な虚空の闇だった。時折、モニタの端を開きかけの本や、ぬいぐるみのようなものが掠める。それらは全て『ヘリオポリス』で行われていた、ごく普通の営みの欠片。そして、軍人として護らなければならず、護りきれなかったものの証。GAT-X105『ストライク』のコクピットには、私しかいない。それでも、声を押し殺して泣くことしかできなかった。
「……なにも、できなかった……あの青い『シグー』に、ノリス・パッカードに、一撃も加えることができなかった……」
押しつぶすような無力感。結局、私は、あの青い『シグー』に乗るノリス・パッカードと名乗った男と、彼の率いる部隊にいいようにあしらわれただけだった。攻撃は全て躱され、逆に被弾は無数。PS装甲装備機でなければとっくの昔に撃墜されていただけでなく、自分の攻撃が、結果的に『ヘリオポリス』崩壊の引き金を引いてしまった。完敗、惨敗、そんな言葉すら生やさしい、最悪の結果でしかなかった。
「……君達、本気?」
マリューは、崩壊する『ヘリオポリス』から脱出後、ザフト艦隊が撤退するまで『ヘリオポリス』の残骸に紛れて貝になる作戦を取った。まだデータのない新造艦であることも幸いしてその作戦は成功し、今、『ヘリオポリス』宙域で『溺れて』いるシェルターの収容作業を大急ぎで開始させている。事は一刻を争う。自力航行できるシェルターも、近隣に救援できる艦は自分達しかいない。ましてや、推進装置に異常を来したシェルターはどうか。これはもう言うまでもない。
そんなときだった。士官室に軟禁していた『ヘリオポリス』工業カレッジの学生達が、自分に面会を求めてきたのは。『大事な話がある』とのことで、放り出された『ストライク』と『メビウス・ゼロ』も何とか収容し、戦闘態勢も準警戒態勢に移行したこともありブリッジでの面会に応じたまでは良かった。しかし……
「……本気です。俺達、決めたんです」
切り出したのは、彼らのリーダー格、サイ・アーガイルという少年だった。理知的な眼鏡の奥の目は、彼らが遊びでこんなことを言っているのではないことを物語っている。
彼らの申し出は、『自分達をこの艦で使って欲しい』と言うことだった。確かに、工業カレッジのカトーゼミと言えば、『ヘリオポリス』ではパワードスーツとサイバネティクス研究で少々知られたものだった。カトー教授本人も、モルゲンレーテ社の嘱託として『G』兵器開発に協力していたことも、マリューは知っていた。軍の最高機密に民間人を、それも正規徴用ではなく嘱託で、とも思ったが。
「……確かに、今のこの『アークエンジェル』に不足している能力を、貴方達は持っていることは認めます。けれど、本当に良いの?今は形式上臨時徴用としているけれど、志願兵になったら……もう以前のような生活には戻れないのよ?」
マリューはまず彼らのこれからを心配した。『アークエンジェル』は軍の最高機密である機動兵器『G』を運用する軍艦だ。当然、守秘義務の効力も大きい。そしてそれは退役後も、間違いなく彼らが墓場に眠るまでつきまとう。今であれば、実際に操縦したキラ・ヤマト以外には、それほど類は及ばない。そしてキラ・ヤマト自身についても、あまり好きではないが自分の権限とコネを使える限り使ってでも、できうる限り何とかするつもりだった。それでも、彼らは選ぼうとしている。住み慣れた『ヘリオポリス』が崩壊した、という事実を知って、なお、自分達の意志で。
「……僕達、同じ死ぬのでも目をふさがれたまま、どうして死んだのかも解らないままが嫌なんです。同じ死ぬなら……いえ、本当は死にたくないけど、それでも、せめてなんで死なないといけないか解ってから死にたい……」
キラ・ヤマトの言葉に、学生達全員が頷いた。彼らには、先程までの戦闘中、隔離された士官室で情報的に孤立していたことがよほどの恐怖だったに違いない。それでも、できるなら彼らのこれからを考えたかった。
「……私……通信オペレータとか、手伝えると思います!」
「俺も、コンピュータの扱いなら多少は自信あります!」
その様子を見てか、彼らの中の紅一点、ミリアリア・ハウと、彼女を護るように立つ少年、トール・ケーニヒが手を挙げる。
「……僕も、プログラムとか、得意ですし、ゼミではカトー教授から色々なプログラムの解析とか任されていましたから、手伝えること、あると思います」
そしてキラ・ヤマトも。
「ラミアス艦長。俺達、決めたんです。どうせ臨時徴用で軍属扱いなら、ただ部屋の隅で震えてるだけじゃなく、できることをしよう、って。……お願いです!」
サイ・アーガイルが頭を下げる。それに倣って、キラ・ヤマト達も。
こうなっては、マリューも折れるしかなかった……
「……バジルール少尉。確か、年少兵用の制服、男女ともあったわよね?」
マリューは副長席で艦全体への指示を出しつつ事の次第を見守っていたナタルに声をかけた。
「……本気ですか?艦長?」
ナタルは明らかに不服そうだ。しかし、先の襲撃で使える技術要員が大幅に不足し猫の手も借りたいという台所事情と、彼らの醒めない熱意もあり……
「……至って、本気よ。とりあえず、全員二等兵扱いとして……配置は、とりあえず船務科で副長直卒。詳しくは追って連絡しましょう。いいかしら?サイ・アーガイル君……いいえ、これからはアーガイル二等兵、ね」
マリューの言葉に、サイ達は「ありがとうございます!」と更に深く頭を下げ、それとは対照的にナタルは人差し指で額を押さえている。無理もない。『副長』とはナタルのことを指すのだから。そのとき、ブリッジにフラガ大尉とスズネが入ってきた。
「……おやおや。ちょうど良いタイミング」
会話を聞いていたのか、フラガ大尉がにやにやと意味深な笑みを浮かべる。そして、スズネが口を開いた時、今度はマリュー達が驚かされる番だった。
「……今の会話からすると、彼らは暫定的とは言え『アークエンジェル』の配置に組み込まれた、ということですね?
それならば……キラ・ヤマト『少尉』は、パイロット候補生として飛行科が預かりたいと思います」
まっすぐな視線。それを受け止めるキラは、ただただ驚くほかなかった……