Phase-16 "登る階 "
*
青天の霹靂って、こういうことを言うんだろう。
けれど、あの人の目は、決して冗談を言っている目じゃない。
僕は、また、戦うことになるんだろうか?
そして、それは今度こそ、『彼』との戦いが待っていることも意味していた――
「それならば……キラ・ヤマト『少尉』は、パイロット候補生として飛行科が預かりたいと思います」
スズネの言葉に、ブリッジにいるほとんどの人間が驚愕した。理解できているのは、スズネと、フラガ大尉だけ。
「……ちょっと、アマダ少尉?本気?」
マリューの問いに答えたのは、スズネではなく、フラガ大尉だった。
「勿論、彼女は本気。そして、それは飛行長でもある俺も承認済み。さすがにパイロットで二等兵はないから、少尉扱いってことにしようかと、な」
現在、アークエンジェルにいる4人の士官は、それぞれマリューが艦長、ナタルが副長兼砲雷長、フラガ大尉が飛行長、スズネがモビルスーツパイロットの任を振り分けていた。それぞれ自分の科を生かした任だが、スズネだけは現在彼女だけが『ストライク』を操縦できるということで、兼科している人間の中では唯一専任となっている。そんな中で、突然降って湧いた話。理由を知らない状態でこれに驚かない人間はいなかった。
「……正直に話します。残念ですが、現在の私では、今の『ストライク』を扱い切れていません。機体に振り回されつつ、何とか戦っている状態です」
スズネが言う。それに異を挟んだのはマリューだ。
「けれど、貴女はあの『黄昏の魔弾』を撃破したし、『白の亡霊』とも十分渡り合えていたわ。それを……」
「あれは運が良かっただけです。今名前の挙がった二人のエースは、間違いなくこちらを、ナチュラルが造ったモビルスーツを舐めてかかっていました。けれど、それが通じない相手には……」
スズネが言葉を切る。そこから先は言わなくてもマリュー達三人にはよく解っていた。解らないのは、その場を見ることができなかったキラ達だけ。その困惑を知ってか知らずか、フラガ大尉が続ける。
「……ま、無理もないがね。あいつには俺も『グリマルディ戦線』で煮え湯を飲まされた。
敵の心理を読み、
フラガ大尉は『ヘリオポリス』での戦いを思い返しながら、半年前の『グリマルディ戦線』、その最大の戦場となった『エンデュミオン・クレーター攻防戦』に思いを馳せる。自身の二つ名の由来となった戦場だが、そこはまさに地獄の一丁目だった。中でも撤退時にたった一度だけ出遭ったあの青いジン・ハイマニューバは、今でも忘れられない。下手をするとあのラウ・ル・クルーゼよりも面倒な敵だと、今でも思っている。何故か戦闘後のプロパガンダ放送でもクルーゼと違い全く名前が出なかったが、経験に裏打ちされた高度な戦術と、それについて行ける部下を従えた難敵。できれば敵に回したくはないが、回ってしまったものはどうしようもない。
「……とにかく、使いこなせていない以上、使いこなせないと意味がありません。ですが、転換訓練に専念できるほど、現状が甘いとも思っていません。使える戦力があるなら、使いたいと思います」
そこまで言うと、スズネはもう一度キラに目を向ける。しかし、言葉を継いだのはまたフラガ大尉だった。
「……で、サハリン・アマダ少尉が推薦するキラ・ヤマト君のことを聞いてみた、と。
で、俺も納得したよ。初見のOSをナチュラルとは思えない処理能力で書き換え、初めて乗ったモビルスーツを操って、あまつさえ並のパイロットでは相当手古摺る『ジン』をも撃破した……
……君、コーディネーターだろ?」
フラガ大尉の言葉は、衝撃となってブリッジを襲う。うすうす感づいていたマリューとスズネを除いたブリッジ要員に緊張が走るが、その中であまりの展開に現状認識できないキラを庇うように、トールが立ちはだかる。
「……キラはコーディネーターだけど、敵じゃない!ザフトと戦って俺達を守ってくれただろ?あんたら見てなかったのか?」
まるで自分のことのように興奮するトールを落ち着かせるように、スズネが言葉をかける。
「……確かに、この艦は地球連合の中でも大西洋連邦に属するけれど、だからといって、コーディネーターを排斥するブルーコスモス信者ばかりじゃない。
私は、純粋に任せられると思ったから、任せたいと思った。それだけよ」
スズネはそうトールに言うと、キラに向き直る。
「……ヤマト君。1週間……それだけで構わないから。1週間で、私は君が調整した今の『ストライク』を乗りこなしてみせる。
だからその間だけ、私が搭乗できない間だけ、任せられない?」
「……その点だけは俺は反対したんだがな。詰め込みすぎな上に最低でも訓練時間100時間はないと短すぎるって。だけど、正規の軍人でもない君にそれ以上の負担はかけられないって言う気持ちも、十分解るからなぁ」
フラガ大尉の言うとおり、通常は訓練時間100時間の転換訓練には1ヶ月を費やす。短期訓練プログラムでも2週間までの短縮が限度。それを1週間で完遂しようというのだから、どれだけ無茶か、ということは、正規の訓練を受けたマリュー達にしか解らないことだが、それでも、フラガ大尉の言葉はそれが『無茶なこと』ということだけはキラ達にも伝えていた。
「……勝手だ。僕より、貴女の方がずっとあのモビルスーツを扱えているのに……」
キラの呟きは、スズネの耳にも届いていた。その言葉に、スズネは真っ正面から向き合った。
「……確かに、身勝手ね。でも、自分一人では力が足りないと思った時、できない人間に頼むほど、私の目も曇ってないと思いたいけれど?
できる力を持った人間と思ったから、任せたいの」
スズネはキラが『コーディネーターだから』自分がその任に当たれない時の代理を頼んだわけではない――それはキラにも最初から判っていた。確かに、軍の最高機密という、通常では触れないものを自分の手足のように操れる、という事実は、エンジニア志望の自分には甘美な麻薬のような誘惑だった。それと同時に、これを受けてしまった場合、自分が誰と戦うことになるかも知れないということも……。それらが天秤のように心の中で揺れ動き、最後に、キラは選んだ。
「……1週間だけ、ですよね?本当に?」
「……それは約束するわ。尤も、君が乗りたいのであれば、考慮できると思うけれど。
それじゃ早速……」
スズネがそこまで言った時、オペレータ席のチャンドラ2世伍長がエマージェンシーコールの受信を告げる。マリューが素早く確認すると、距離は至近で、推進装置に異常を来した小型シェルターポッドのようだと判る。
「……艦を動かすまでもないな」
フラガ大尉の判断に、士官全員が同意した。
「ですね。『ストライク』で回収します。シミュレータへのデータコピーとかは、私が帰還してから、ということで。
フラガ大尉、ヤマト少尉をお願いできますか?それから、バジルール少尉、戻ったらアーガイル二等兵達を借ります。『ストライク』のOSデータのシミュレータへのコピーと、『あっち』へのマージ(1)作業に手を借りたいので」
「りょーかい。戻るまでにパイロットスーツの着方とか、しっかりレクチャーしておくぜ」
「……それは構わないが……まぁ、マードック軍曹へは、私から連絡しておくとして……本気か?」
スズネの言葉に軽く返事をするフラガ大尉と、対照的に懐疑的なナタル。見ると、マリューもナタルと同じような表情をしている。キラ達には何のことかまだ理解できていなかったが、スズネは士官3人に敬礼するとブリッジから退出する。
このとき回収したポッドが、何を呼び起こすのか……それはまだ誰にも解らなかった。
- マージ:この場合はプログラムの統合作業のこと。大規模プロジェクト等で複数人で作業を行ったりしてで分化したプログラムは、マージを行うことでそれぞれの作業を一本化することができる反面、摺り合わせ不足が発生すると余計なバグを生み出すこともあるので慎重な作業を要求される。