Phase-17 "サイレント・ラン"
*
あの日から、もう二日が過ぎた。
でも、僕達にはもっと長い時間が経ったようにしか思えない。
生きて再会できた人、できなかった人、それを分けたのは、一体何だろう――
「……よし。サイ!こっちはこんな感じで良いかな?」
ケーブルの束から引き出されたような小型コンソールを前にするトールが、反対側で作業を続けるサイに声をかける。それを聞いたサイは手を止めてトールのいる場所まで行くと、画面を流れる文字列の波を的確に読み取って言葉にした。
「……良いんじゃないか?最終的にはラミアス艦長かサハリン・アマダ少尉に確認してもらわないといけないと思うけど」
サイの言葉にトールは肩の荷が下りたように体を伸ばす。そして、ふと思い出したように口を開く。
「……けど、俺達、生きてるんだよな?」
トールの言葉に、サイは頷く。
「ああ。フレイも、生きていてくれたし。もう会えないかと思っていたけど……」
サイは思う。あの混乱でもう会えなくなってしまった友人も多かったけど、婚約者であるフレイ・アルスターが生きていてくれたことは、本当に良かった、と。
『ヘリオポリス』崩壊のあの日、サイ達がマリューに直談判した直後に見つかった故障したシェルターポッド。その中に、一人の少女がいた。スズネが『ストライク』で回収したポッドのハッチを開けた時、フレイはまず同じ格納庫にいた、フラガ大尉から発進シークエンス等の基本講習を受けていたキラに抱きついたという。無理もない。あの混乱の中、たった一人で虚空に放り出され、そのまま死んでしまうかと思われた中を助け出されたのだ。尤も、生存者発見を聞いて格納庫にやってきたサイを見た途端キラを放り出して今度はそっちに身を移した、というのは、この少女の性格を端的に物語っているとも言えたが……
ただ、この少女が事実上最後の確認された生存者でもあった。新たなザフト艦隊出現の可能性もあるため移動しなければならないアークエンジェルにとっては、救難信号が確認されない中で時間を費やすことは許されていなかったのだ。現在、アークエンジェルは戦死した乗組員に代わって居住区の大半を占める避難民を乗せた状態で第8艦隊本隊と合流すべく細心の注意を払って移動中であるが、移動先は一部の者にしか知らされていない。勿論、これにはサイ達は含まれていなかった。
サイとトールが休憩している時、ちょうど飲み物を持ってきたミリアリアと、シャワーを浴びたばかりかやや濡れた髪のままでこっちに向かってくるキラの姿があった。
「お疲れ様。はい」
そう言ってドリンクをトールとサイに手渡すミリアリア。そこに、キラも到着する。
「……キラも、お疲れ様。大丈夫?」
「……うん。な、なんとか……」
やや疲れた口調のキラ。実は、キラはパイロットとしては基礎体力が不足していると言うことで、スズネとフラガ大尉が体力作りのメニューを組んでいた。と言っても今やっていることは艦内時間午前4時の早朝から居住区の避難民を起こさないようなコースでランニングをする、というもの。しかし、アークエンジェル艦内を知らないキラは前を走るスズネについていくのが精一杯であり、同時に後ろを走るフラガ大尉より遅れると1周追加というペナルティは、文化会系のキラには相当きついものだった。今日も本来のメニューより2周余計に走っていて、終了後平然と自分の訓練に向かったスズネや、倒れ込んだキラにタオルを投げる、全く息の上がっていないフラガ大尉を恨めしく思ってもいたが……
「……でも、サハリン・アマダ少尉も凄いわね。キラと同じだけ走って、それから自分の訓練。あと、しばらくしたらキラの戦技訓練もしてくれるんでしょ?」
同じ女性とは思えない体力に、ややうんざりした表情のミリアリア。彼女は写真撮影が趣味のアウトドア派ではあったが、サイやキラ、それに恋人のトールと同じゼミに所属するだけあって、基本的に文化会系だ。そんな彼女から見れば、テストパイロットであるスズネは、完全な体育会系にしか見えていなかった。
「……うん。反応は僕の方が速いけど、やっぱりそれだけじゃ追い込まれた時に弱いって、昨日の訓練で嫌と言うほど解ったし。アマダ少尉は、やっぱりジンだけじゃなくて奪われた4機が一度に襲ってくる戦闘を想定して自分の訓練もやってるって。同じような性能の機体が4倍の戦力差で相手になったら、僕でも上手く動かないとすぐ追い詰められると思うから」
そう言って、キラはさっきまでサイとトールが作業をしていた機材の上を見上げる――
そこにあるのは、巨大な人形の機械だった。上半身を暗灰色の装甲で覆い、頭部には『ストライク』のようなV字型のブレードアンテナが目立つが、背面には『ストライク』とは異なりバックパックが固定装備され、そこに2本の棒状の武器が装備されている。だが、下半身は金属然としたフレームだけなのが、上半身の力強さに比べ妙な雰囲気を醸し出す。
これはキラ達が『ヘリオポリス』のモルゲンレーテ社から運び出した最大の大物、組み立て途中のGAT-X102『デュエル』2号機だった。『ストライク』の横に並べされているのは、この『デュエル』と、頭部もなく、フレームだけの機体。こっちは背中に仮組みされたバックパックと2本の長大な砲身からGAT-X103『バスター』2号機だとかろうじて判るものの、これ以上の部品がなく、同系フレームで一番稼働率と損傷率が高くなるであろう『ストライク』の部品取りに使われることが決定していた。『デュエル』にしても、同時に運び出した『ストライク』の予備部品を使って下半身を組み上げることが決定しているのだ。これ以上の余裕など、今のアークエンジェルにはなかった。
サイ達は、スズネの指示で『ストライク』のOSと戦闘データをシミュレータにコピーする作業を実行した後、この『デュエル』のOS統合作業を任されていた。未完成の『デュエル』のOSに現在稼働中の『ストライク』のOSをマージして、『ストライク』並の稼働状態に持っていくことが目的だが、これにはどう見積もっても1週間以上はかかる見通しだ。ただ、キラがこのOSを見たことがある、と言っていたのが、作業進展を加速させている。マリュー達には最悪の予想が当たっていたが、現在では作業進行の助けとなるため、これについては黙認されていた。
トールはキラと同じく『デュエル』を見上げる。暗灰色のブレードアンテナが格納庫の明かりを反射し、鈍く光っている。彼は目を細め、それに見入った。
「……俺も、これに乗れないかな……?」
ぽつりと呟くトール。それを、ミリアリアが咎めた。
「ちょっと!トール?妙なこと考えないで!」
「……じょ、冗談だよ。ミリィ……。キラも来たことだし、早く進めてしまおう。な、サイ?」
そう言いつつ、トールの視線は『デュエル』から離れない。カトーゼミでは主に評価用パワードスーツの操縦を担当していただけあって、それよりもずっと大きく、力強い『デュエル』の魅力は、彼を捉えて離さなかった。
コズミック・イラ71年1月28日――虚空を静かに進む大天使の行方を、少年達はまだ知らない。その先に待つ運命も、また……