Phase-19 "戦火の中に"
*
あの日――炎の中で出会ってしまった、親友。
彼は、今もあれに乗っているんだろうか?
確かめなければならないとの想いと、確かめたくない想いが交錯する。
できうることなら、もうこんな場所で出会うことなど、ないと願う。
今の僕には、護りたいものがあるから……もしも、出会ってしまった時には……彼を、殺さなければならないかも、知れないから……
「……見つかりませんな……」
『ヘリオポリス』宙域を後にして4日目。ナスカ級高速戦闘艦『フォッシュ』艦長が短く言葉にする。それは言外にこの任務の中断を具申していた。
中立国オーブ連合首長国の工業コロニー『ヘリオポリス』を作戦行動中に破壊してしまったクルーゼ隊と、それに同行するパッカード隊は、現在『ヘリオポリス』から脱出したと思われる地球連合軍の新型戦艦を追跡している。だが、『ヘリオポリス』から地球圏への脱出ルートは、大きく分けて二つあった。一つは、地球連合軍の要塞衛星『アルテミス』を経由するルートと、人類の営みの負の遺産であるデブリベルトを隠れ蓑に地球軌道上の連合軍艦隊へ直接合流するルート。『ヘリオポリス』での戦闘時、クルーゼ隊とパッカード隊の連携齟齬から相当の時間を敵に与えてしまったため、艦の補給はそれなりに整ってしまったと考えられている。ザフトが行わなかった『ヘリオポリス』から脱出した民間人の人道的救助を行ったとしても、既に判明している艦の規模からして、軌道上の艦隊への合流は可能と考えられていたが、民間人を乗せたまま任務行動に当たるとも考えにくい、との考えもあり、クルーゼ隊とパッカード隊はそれぞれ別行動を取ることになった。クルーゼ隊は『アルテミス』偵察、パッカード隊はデブリベルト捜索に。
しかし、パッカード隊隊長ノリス・パッカードは、『アルテミス』がただの偵察行に収まらずクルーゼ隊によって陥落、破壊されたことをまだ知らなかった……
「『アルテミス』はユーラシア連邦の息が掛かった要塞衛星だ。あの艦が大西洋連邦のものだと仮定するならば、『アルテミス』への寄港は行うまい」
ノリスは艦長の言外の意見具申を柔らかな口調で拒否する。『プラント』でも、大西洋連邦とユーラシア連邦の不仲は既知であり、仮に大西洋連邦が開発に成功した新型機動兵器が『アルテミス』に寄港したならば、そのまま適当な理由付けを経て拿捕されると考えられる。地球連合は、かつて自分がいた世界の地球連邦と同じく、一枚板ではない。
「……それに、『アルテミス』へ寄港していたならば、クルーゼ隊が発見できないとは考えにくい。様子見も、そろそろ限界だろう」
ノリスは未だクルーゼからの連絡がないことをそう判断していた。同時に、クルーゼから預かった3人の若いパイロット達を思う。コーディネーターにありがちなエリート意識は、かつて自分が所属していた組織における選民思想に近い、が、それよりは浅薄なもの。パイロットとしての資質はまだ荒いが磨けば光ると思っているため、死に急ぎさえしなければ良い指揮官になれるだろう、とも。
しかし、その彼らにしても、今のような探索任務に従事することはそろそろ限界に達していた。士気が落ちる前に決断しなければ……ノリスがそう考えた矢先、事態は急変する。
熱源探知センサーが、本来このような場所にはあり得ない反応を感知したのだ。ノリスは即座に行動を起こした――
「後方より接近する熱源1!距離300!照合……これは……ザフト、ナスカ級1!」
索敵担当のチャンドラ2世伍長が見つけた異常反応。これがアークエンジェルを準警戒態勢から第一戦闘配備へと移行する合図となった。最低限度の放熱活動にて移動していたアークエンジェルではあったが、こうなっては隠蔽する意味はない。マリューはたった1隻とはいえ、ザフトの誇る高速戦闘艦がここにいることの意味を正しく理解する。
「……読まれていた、ってことね」
マリューは、移動進路を決定した士官のみの方針決定会議においてナタルが提案した『アルテミス』への寄港を却下し、フラガ大尉とスズネが提案したデブリベルトを抜けて一気に地球圏へと接近して第8艦隊本隊と合流する案を採用した。こちらは途中で補給が受けられないという欠点はあるが、自分達が所属する大西洋連邦とは不仲であるユーラシア連邦所属の軍事衛星『アルテミス』へ寄港するリスクの方が大きいとしたのだ。何より、アークエンジェルは進水式を待たずに起動した新造艦であり、艦固有識別コードを持たない。開発経緯を知らないユーラシア連邦所属の『アルテミス』でどうなるかは、最悪の事態も予想できたのだ。
しかし、マリュー達は既に『アルテミス』が陥落していることを知らなかった。そして、『アルテミス』が何に陥落させられたのかも。もしも、この時点でこれが判明していたならば……事態は違った方向に推移していた可能性もある。だが、現実に『もしも』はない。
「……敵艦発砲!」
「嘘!?この距離で、ザフトが?」
ナスカ級が艦砲射撃を実行したことに、マリューは驚愕する。モビルスーツ一辺倒の今のザフトが、真っ先にモビルスーツを投入せず、主砲の射程圏に入るやいなや艦砲射撃を実行したのだ。幸い白熱したビームの光条はアークエンジェルより離れた場所を通過しただけに留まったが、艦指揮経験のないマリューを揺さぶるには、これは十分すぎる威力があった。
「……た、対艦戦闘用意!アンチビーム爆雷発射!『バリアント』両舷起動!データ入力急げ!」
マリューの反応は遅れた。その間に敵艦は更に接近する。
「……敵艦、距離120でモビルスーツ射出確認!熱源3。照合……ジン1、それに……
続いての報告は、混乱したマリューを更に揺さぶる。鹵獲したXナンバーの、2機を投入してきた。ということは、あれは『白の亡霊』ラウ・ル・クルーゼ……?
「……対艦、及び対モビルスーツ戦に変更!ミサイル発射管、13番から24番に『コリントス』装填!モビルアーマー、モビルスーツ発艦用意!」
マリューの指示は旧世紀の海戦で致命的な戦術ミスを犯した指揮官と酷似していた。それに気付いた副長席のナタルが、マリューに意見具申する。
「艦長!落ち着いて下さい!先程の艦砲射撃は脅しです。今は敵モビルスーツに専念し、脅威払拭後、敵艦撃破を計るべきです!」
ナタルに続いて、格納庫から通信が入る。発信者はスズネだ。
「……状況はこちらも確認しました。現在フラガ大尉の『メビウス・ゼロ』と、ヤマト少尉の『ストライク』が準備完了しています。発艦指示あり次第、いつでもいけます」
スズネの言葉からは、まだ『デュエル』2号機が完成していないことがにじみ出る。もし間に合っていれば、彼女も一緒に出撃していただろうからだ。ナタルとスズネ、二人の言葉に、マリューも平静を取り戻す。
「了解。では、フラガ大尉機から発艦を。……ヤマト君にはいきなりキツいだろうけど、貴女が推すからには、期待して良いのね?」
「素質は文句なし、足りない基礎を今日までフラガ大尉と私で叩き込みました。付け焼き刃ですし、約束の日までには追い越しますが、現状、彼が最適任者です」
さりげなく自己主張するスズネにマリューは緊張をほぐされた気がする。マリューが発した発艦指示に、まずフラガ大尉の『メビウス・ゼロ』がリニアカタパルトの加速力で虚空の戦場に射出される。次は、キラの番だった。
「……落ち着いてやれば、大丈夫。君なら、きっとできるから」
スズネがコクピットでやや固くなるキラを励ます。細身の彼には、一番サイズの小さいパイロットスーツでも、まだ服に着られているような感じがする。既にキラの耳にも敵がXナンバー2機を含むことが届いている。緊張はそのせいだろうと、スズネは考えていた。
「……僕がやらないと、駄目なんですよね?今は……」
「……降りる?今なら、まだ間に合うけれど?」
スズネの言葉にキラは
「……そう。それなら、しっかりやりなさい。
それから、無理だと思ったら機体を捨てて脱出すること。君はテストパイロットじゃないんだから、機体に拘る必要はないから」
「……帰ってきます。ちゃんと。僕にも、護りたいものがあるから……」
キラの目がいっそう真剣味を帯びる。スズネは「頑張りなさい」とだけ言い残すと、『ストライク』から離れた。
格納庫からパレットごとリニアカタパルトまで移動する『ストライク』。最終発艦準備中のコクピットのモニタに、キラの見知った顔――ミリアリアが映った。インカムをつけた彼女は、緊張からか、真面目くさった顔をしている。
『以後、私がモビルスーツ及びモビルアーマーの戦闘管制担当となります。……よろしくネ』
緊張をほぐすためか、ウインクするミリアリア。その後ろからトノムラ伍長の「よろしくお願いします」だよ!と彼女を叱り飛ばす声が聞こえる。
『装備は……えっと、エールストライカーを選択。既に交戦状態ですので、発艦直後に敵射線軸に乗らないよう気をつけて下さい』
声がややうわずり、震えている。ミリアリアの緊張が嫌でも伝わってくるようだ。キラは何かを言おうとしたが、色々ありすぎてそれは言葉にならなかった。
エールストライカーは、完成していたユニットがザフトの攻撃で破壊されてしまったため、『ヘリオポリス』脱出後にアークエンジェル艦内で予備部品を組み立てた、『ストライク』用の高機動戦闘支援用ストライカーパックだ。背中に装備される4枚の翼と4基のバーニアユニットを持つメインユニットと、メインユニットが肩に被さる位置に装備されている2本のビームサーベル、そして57ミリ高エネルギービームライフルと
『キラ!ストライク、発艦して下さい!』
ミリアリアは気忙しげな表情でインカムに向かって叫ぶ。そこには、キラがそうであるように、言いたいことがありすぎて言葉にならない様子が見えた。
「……了解」
それだけ言うと、キラは前を向く。ここから出れば……そこには幼なじみの親友が、炎に包まれた『ヘリオポリス』で思いがけなく再会したザフトの赤いパイロットスーツの兵士、アスラン・ザラが、多分、いる。彼とは戦いたくはない。けれど、それでは何も護れないから、戦うと、キラは決めていた。
アークエンジェルのカタパルトデッキから発艦した『ストライク』――それを彩るのは、戦場の嵐。今は仮との主を得た白い守護騎士は、また新たなる戦場へと駆け出していく。その真価が問われるのは、もうまもなくに迫っていた。