Phase-20 "出撃"

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「……素人が!あの程度の虚仮威(こけおど)しで浮き足立つとは」

ノリスは、牽制で撃たせた主砲斉射で慌てて転進する敵艦に、軽い失望を抱いた。だが、同時に、あの艦がここにいたことに感謝してもいる。何故なら、あの白いモビルスーツのパイロットに、もう一度(まみ)える機会がある、ということだからだ。

「敵艦、艦側面砲展開!形状からレールキャノンと推定!」

「……敵対の意志あり、か。しかし、遅い!モビルスーツ隊、直ちに発艦せよ!」

ノリスは敵艦の対応のあまりの拙さに思わず声を荒げた。既に『フォッシュ』はモビルスーツ射出可能距離まで接近している。主砲斉射からの時間で、もっと効果的な反撃もできたであろうに、敵はそれをしなかった。あの艦の指揮官は、間違いなく経験不足だ。恐らく、『ヘリオポリス』でクルーゼ隊の襲撃を受けた際に、人員にも相当の打撃を受けたのだろう。本来の艦長や指揮官ではないのかも知れないが、それでも、敵対する意志がある以上、攻撃の手を休める理由などない。


『……モビルスーツ隊、発艦始め。モビルスーツ隊、発艦始め……』

一方、モビルスーツ『ジン』のコクピットで、ミゲル・アイマンは興奮を抑えきれずにいた。新型機2機とそのパイロットのみを移乗させるというクルーゼ隊長に頭を下げてまで作戦参加を許可してもらい、また、パッカード隊長にも頭を下げて予備機の『ジン』を借りてまで作戦に参加した理由は、他でもない、あの『ストライク』とかいう白いモビルスーツをこの手で屠るためだ。二度にわたる屈辱は、そう簡単に(はら)らせるものではない。しかも、退屈な索敵任務のつもりで準備していたものが、いきなり本命との戦闘になったのだ。湧き上がる興奮は、そうそう抑えられるものではない。

「……さぁて、いくか、アスラン、イザーク。遅れるなよ!」

『……了解』

『解ってますよ。そんなに気負うと、また、墜とされますよ?』

「……うるさい!イザーク!これまでのツケは、今日ここできっちり払ってもらうだけだ!」

GAT-X303(イージス)の専属パイロットであるアスラン・ザラと、GAT-X102(デュエル)の専属パイロットであるイザーク・ジュール――二人とも『赤』を着ているだけあって、腕は確かだ。しかし、能力は必ずしも品性とは一致しない。どこか上からの目線で見たがるイザークは、特に。

『……それにしても、です。こちらが正解だったと言うことは、ディアッカやニコルは少々気の毒なことになりますね……』

ミゲルには、イザークの言葉が妙に引っかかったような気がした。確かに、こっちにあの特徴的な白亜の巨艦、仮称『足つき』がいたということは、『アルテミス』偵察に向かったクルーゼ隊本隊は空振りではあるが……と、そこまで考えて、ミゲルは気持ちを切り替えた。今は、あの白いモビルスーツを墜としてこれまでの汚名を(すす)ぐのみ。ミゲル機が『フォッシュ』の援護射撃の中を発艦したのに続いて、アスランの駆る『イージス』と、イザークの駆る『デュエル』も発艦する。その時になって、ようやく敵艦からモビルアーマーが発艦する。続いて、4枚の翼を備えたユニットを背負った暗灰色のモビルスーツも。発艦直後に白くその装いを変えたモビルスーツは、まさしく、ミゲルが2度も辛酸を舐めさせられた敵そのものだった。


「……シミュレータとは、全然違う……けど!」

キラは全身を締め付けるリニアカタパルトの猛烈な加速と、発艦と同時に近くを掠めた光芒に、今自分が本物の戦場にいるのだと自覚する。シミュレータで何度もやったとおりに発艦完了と同時にエール・ストライカー・パックの翼を展開、そしてPS装甲を起動させると、暗灰色の機体はキラの操作に応じて白を基調とした戦装束に装いを変え、同時にモニタにはIFF(1)が敵と認識した灰色を基調としたモビルスーツと、赤を基調としたモビルスーツ――GAT-X102とGAT-X303、そして、それら2機の先陣を切る『ジン』が表示される。

『……坊主!『ジン』は俺が引き受ける。お前はXナンバーを!』

「了解です!」

フラガ大尉の『メビウス・ゼロ』から指示が飛ぶ。形式上では『少尉』扱いでも、やはり自分はヒヨッコ未満の坊主扱いなんだな、とキラは思うが、今はそんなことを気にしている場合ではない。目の前のX102(デュエル)X303(イージス)――恐らく、アスランが乗っているのは、X303だろう。確かめたいと思う気持ちと、どうやって確かめればよいかと思う気持ちが交錯する。そんなキラの思いなど知るはずもなく、まず『デュエル』のビームライフルの火線が襲ってきた。キラはアンチビームシールドでその一撃を防ぐと、お返しとばかりにビームライフルを撃ち返す。

二条の火線が口火を切った兄弟機同士の戦闘は、徐々に距離を詰めていく。『デュエル』にばかり気を取られていたキラに冷水を浴びせるようなアラートサイレン――反射的にスロットルとスティック、ペダルを操作するキラに従う『ストライク』だが、つい一瞬前まで『ストライク』がいた場所を、いつの間にか巡航形態に変形していた『イージス』が巡航形態の機首部分を開き強襲形態を取って放った必殺の一撃、580ミリ複列位相エネルギー砲『スキュラ』の暴力的な火線が通過する。シミュレータで散々スズネにやりこめられた4機同時攻撃想定訓練よりはマシとはいえ、仮想ではない本物の戦場の、死を両側にした綱渡りは、キラの心身を徐々に追い詰める――しかし、『ジン』を相手にしているフラガ大尉も、キラの援護に回れないほどに苦戦していた。無理もない。通常型『ジン』とはいえ、それを誇示するマーキングもないとはいえ、パイロットはエースとして知られる『黄昏の魔弾』。そう易々と墜とせる相手ではなかった……


「……クルーゼ隊の3人、相当苦戦しているようですな」

『フォッシュ』艦長は艦橋で戦況を見るノリスにそう告げる。それを見て、ノリスは僅かに笑みを浮かべた。

「……なに。もうじき偵察に出ているウォルターとハンスが帰還する。帰還コースは既に指示してあるが……あの『足つき』がどこで気付くか、だな……」

ノリスやクルーゼはあの特徴的な艦影を持つ敵艦を『足つき』と呼称していたが、その攻撃戦力である機動兵器は、モビルアーマー1機とモビルスーツ1機と判断していた。連合が開発していた5機の試作機のうち4機は我らザフトに落ち、残る1機以外の存在は、鹵獲した機体のオフラインデータからは判明していない。機動兵器のない艦が機動兵器の攻撃に対してどれほど脆いかは、旧世紀の海戦を(ひもと)くまでもない。

「ウォルターとハンスが本艦の索敵圏内に入り次第私も出る。準備を!」

ノリスの命令に艦長は素早く反応する。ノリスはその様子に満足しつつ、モニタを見る。あの白いモビルスーツの動きが、先日自分が対峙した時とは違うような気がする――装備が違うということもあるだろうが、それ以外に、何かが引っかかっていた……


コズミック・イラ71年1月29日。追うものと追われるものとの戦いは、まだ始まったばかり。その先に何が待つのかを、まだ、誰も見据えることはできなかった……

Next Phase...

  1. IFF:敵味方識別装置のこと