Phase-21 "少女"

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楽しかった日々が、一瞬でひっくり返ってしまった、あの日――

ひとりぼっちからやっと解放されたと思ったら、ここでも私はひとりぼっち。

自分が今どこにいて、どこに行こうとしているのかが知りたくて、ただそれだけが知りたくて、私は座って震えるのを止めた。

……けど、そこは私の全く知らない世界だと、その時の私は夢にも思わなかった……


「……拙いわね。ヤマト君だけじゃなく、フラガ大尉も押されてる……」

スズネは格納庫のメンテナンスデッキに固定されたままのモビルスーツ――上半身がGAT-X102『デュエル』で下半身がGAT-X105『ストライク』に見える奇妙なモビルスーツ――『デュエル』2号機のコクピットで、モニタに映し出される戦術情報を見ていた。キラ達が発艦する前、スズネとフラガ大尉が格納庫にいながら索敵情報を知ることができたのは、スズネや、マリュー、ナタル、フラガ大尉の4人の士官だけが有する戦術データリンクシステムへの特権アクセス権を使ってのことだ。勿論、艦長であるマリュー、副長であるナタル、飛行長であるフラガ大尉と比べれば、スズネのアクセスできる権限は低いが、それでもブリッジ要員でもそうそうアクセスできないデータにもオンラインであれば今のようにモビルスーツのコクピットからでもアクセスできる。今の状態では自分はブリッジに上がるわけにはいかないので、これができることは非常にありがたかった。

敵は3機。うち2機は元々自軍の新型機動兵器という事実は、スズネに表現しがたい感情を湧き起こらせていた。特に、それが『デュエル』と『イージス』であるということが。不意にスズネの脳裏につい先日まで目の前にいた人物の顔が浮かぶが、スズネは(かぶり)を振って振り払う。彼らは、もうここにはいないのだから。

スズネは『デュエル』のコクピットハッチを開けると、戦場そのものの格納庫を見渡す。戦闘中の格納庫では全員船外作業服(所謂ノーマルスーツ)か、もしくは自分のようにパイロットスーツを着用して被弾に備えているため、通常よりも密集度が高く見える。それが忙しなく動く様は、まぎれもなく今ここも戦場なのだと自覚させられる。自分がコクピットに籠もっていたのはそれが機密情報だからだが、そうすることは逆に自分自身を現実から隔離することにもなるということを、スズネは改めて実感していた。

「サハリン・アマダ少尉!どうですか!?」

足許からサイ・アーガイル二等兵が喧噪に負けないよう声を張り上げる。元々スズネは『デュエル』のOSマージの仕上げ確認でコクピットに入ったのだ。その出来を確認したいのだろう。さすがに閉鎖空間を好機として機密情報を見ていた、とは言えないが、スズネも別に遊んでいたわけではない。

「……良い仕事してくれたわね!運動野のデータがまだ不安だけど、まぁ、この程度ならどうにかできるわ!」

スズネは答える。スズネの答えに、足許ではサイと、一緒に作業を続けていたトールがハイタッチをして(ねぎら)いあっている。そう。彼らは実に良い仕事をした。『デュエル』2号機はキラがOSを改造した『ストライク』のデータを元に、一気に評価段階から実用域まで引き上げられた。それも、予定よりも遙かに短い期間で。スズネは彼らの師であるカトー教授のことはそれほど知らないが、それでも、よほど優秀な師に恵まれ、同時にその資質を研鑽する努力も怠らなかったのだろう。スズネが直接労いの言葉をかけようと『デュエル』2号機から降りた時……この戦闘中の格納庫にはいてはならない、闖入者の姿を見咎めた。


「……あ、サイ!こんなところにいたの?姿が見えないから心配で……」

「……フ、フレイ?どうしてこんなところ……」

サイは戦闘中の格納庫に船外作業服も着用せず、救出された時のピンクのワンピースのままで現れたフレイ・アルスターの姿に困惑したが、その言葉は最後まで告げられなかった。フレイの姿を見咎めたスズネが戦闘中の低重力を生かして素早く二人の間に割って入ったからだ。

「……貴女!ここで何をしているの?
 今は戦闘配備中です!すぐに部屋に戻りなさい!」

スズネの剣幕に一瞬言葉を失うフレイだが、我に返った直後、顔を怒りの色に染めて反駁する。

「……な、なによなによ!私は……サイ達の姿が見えなくなったから心配で捜していたのに!それに、貴女一体誰?何の権利があって私にそんなこと……」

わめき立てるフレイを、スズネはパイロットスーツの襟章を指差しながら鋭い言葉の剣で押し留める。無秩序な権利を主張するなら、こちらもそれなりの立場であることを示せばよい。ただし、あくまで、冷静に。

「この階級章が見えない?意味は解らなくても、私がどんな立場にいるかは理解できるわね?
 それに、ここは軍艦で、今は戦闘中。そして彼らは志願兵で、貴女は民間人。
 私が何を言いたいのか、理解できた?」

そんなことはどうだっていい、そう言いたげなフレイを押し留めたのはサイだ。サイはフレイの耳元で囁くように説得する。

「……フレイ。心配してくれたのはありがたいけど、ここは危ないから、部屋に戻っていた方がいい。
 それに、あの人、この艦では偉い人だから……あんまり騒ぐと……」

「……パ、パパの方が偉いわ!パパは大西洋連邦の事務次官なんだから!あんな嫌な女より……」

「……フ、フレイ!?」

そのやりとりはスズネの耳にはしっかりと届いていたが、彼女は敢えて聞かなかったふりをしていた。別になりたくて今の立場にいるわけでもない。それに、今のやりとりでスズネは思い出す。確かに大西洋連邦事務次官ジョージ・アルスターという名前はよく知っている。彼には娘がいたと言うこともニュースで知ってはいたが、それがこのフレイ・アルスターだとは思い及ばなかったことを。

サイが何とかフレイを押し戻した時にも、終始彼女はスズネを憎しみを込めた視線で睨み付けていた。その視線を受け流しつつ、スズネはサイに休憩を取るように指示する。つまり、彼にこの空気の読めない跳ね返り娘のお守りを任せたと言うことだ。フレイは格納庫から出て行くまで、ついにスズネに自分の行為を謝ることはなかった。


「……すいません。サハリン・アマダ少尉。彼女……フレイは、そんなに悪い娘じゃないんですが、ちょっと周りが見えなくなることがあって……」

騒動の渦中が格納庫から離れた後、トールがスズネに済まなそうな顔をして話しかけてくる。トールが話したのは、フレイは彼らの1年後輩に当たることと、サイとフレイは親が決めた婚約者同士だということ。そう言うことならば、救助した時にまずキラに、そしてサイの姿を見つけた途端彼に身を寄せたことも理解できる。要するに、子供なのだ。心身とも。

「……別に?気にすることでもないしね。
 ただ、貴方から……だと、言いにくいわね。貴方からハウ二等兵に、戦闘中は危険だから部屋から出ないこと、と言うことを、あの娘に伝えてくれるように言ってくれる?」

目の前にいるトールと、ブリッジオペレータに就いているミリアリアとが恋人同士だと言うことは、休憩時間に二人でいることが多いことやその言動から解っていた。スズネからだと正しいことでも棘が立つ状態だが、その場に居合わせたトールから聞いたことをフレイにとって同性で年も近いミリアリアから注意してもらえば、多少は聞いてもくれるだろう、との判断だ。トールもそれには異存もなく、快く了解してくれた。


そんなときだ。突如、艦内に警報が鳴り響いたのは――


6時方向から敵機接近。今このアークエンジェルが敵対しているのは正面の『ナスカ』級高速戦闘艦と、その艦載機3機のみ、のはずが、逆方向からの敵。稼働可能な搭載機動兵器は全機出払い、今このアークエンジェルを守るのは艦載防空火器のみ。フラガ大尉は敵の『ジン』1機に取り付かれており、キラの『ストライク』は2機のXナンバー相手に苦戦中。敵機の種類は未だ不明だが、これが『ザフト』のモビルスーツだとすれば……最悪のシナリオになる可能性があった。

スズネは格納庫に鎮座する、組み上がったばかりでOSが未調整な『デュエル』2号機と、基礎OSのみインストールされたフレームのみの『バスター』2号機に向き直る。今何が必要で、今、自分に何ができるか……気がつくと、胸元に手をやっている時分に気付く。肌身離さず身につけたあの懐中時計は、スズネにある決意を促していた……

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