Phase-22 "再会"
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今の俺を見て、あの人は何と言うだろうか。
笑う?それとも失望する?
どちらでもないと思いたいが、そうでないとは今は言えない。
少なくとも、この汚名を返上するまで俺はあの人には近づけないからだ……
「……こん……のぉ!舐めるなよ!俺は……『黄昏の魔弾』だ!」
目の前を舞う連合のモビルアーマー、『メビウス・ゼロ』。エース専用機であり、操っている人間も間違いなく連合のエース。しかし、モビルスーツの優位性を以てしても墜とせないのはつくづく俺の腕のせいだと、ミゲル・アイマンは思っていた。
敵もミゲルが乗っているのが通常型『ジン』であるため、パイロットが名の知られたエースパイロット『黄昏の魔弾』だと気付いていないのだろう。そこらの兵隊と十把一絡げにされたくはないが、今のミゲルにはそれに抗う資格もない。せめてこいつは俺の手だけで墜とさねばならない。そうしてやっとあの白いモビルスーツと再戦する資格が得られる――このモビルアーマーと対峙した時から、ミゲルはそう考えていた。
「なかなか……やる!くそっ。坊主の援護に回らないと……」
有線誘導式移動砲台『ガンバレル』4基を操作しながら、ムウ・ラ・フラガ大尉は焦りを隠しきれないでいた。敵は3機。うち、ザフトの量産型モビルスーツ『ジン』を自分が引き受け、先だって『ヘリオポリス』から強奪された自軍の最新鋭機2機を同系機を駆る志願兵のキラ・ヤマトに任せたものの、戦況はあまりよろしくない。こう言う時こそ機動力を生かしてベテランの自分が援護に回らないといけないのだが、目の前の『ジン』はそれをさせてくれない。一般兵だと思っていたが、こいつは……エース級だと、ムウは感づき始めていた。
「……くそっ。目の前の敵がクルーゼ隊なら、まだ後詰めがいる。こんなのに手間喰ってる暇は……うぉっ!?」
有線式とは言え、パイロットの空間認識力に頼る『ガンバレル』の滞空時間には制限がある。一定時間分離した後は本体と接続して再起動させる必要があった。だが、敵はあろう事かそのタイミングを狙い、1基の『ガンバレル』を本体とのドッキングアームごと破砕する。『ガンバレル』に残った弾薬と推進剤が誘爆を起こすが、咄嗟にアームユニットごと切り離したことが功を奏し、かろうじて本体への誘爆は防ぐことに成功した。
「……こんの……甘いっての!」
お返しとばかりに『メビウス・ゼロ』の機首リニアガンが火を噴き、『ジン』の右肘から先を武装ごと吹き飛ばす。この勝負は痛み分けだが、戦術的にはこちらの敗北に等しい。この状態では2機のモビルスーツを相手取る『ストライク』の援護には向かえないからだ。
「……くっそ!アークエンジェル!こちらムウ・ラ・フラガ大尉。敵『ジン』1機を無力化したが、こっちも被弾した!『ストライク』の援護には向かえん!帰投する!」
『了解しました。フラガ大尉、気をつけて下さい!』
モニタ越しに若い娘の声――キラ・ヤマトの仲間の少女だ――の声が聞こえる。ムウが機首を返すと同時に、『ジン』も帰投ルートを取る。一山越えたかとの思うと同時に、まだこれからとも思った――その時だった。アークエンジェルに逆方向から敵機が接近中との報が入ったのは。ムウは愛機に拍車をかける。間に合っても損傷した今の自分が戦力になるかは甚だ不安だが、それでもいないよりはいい。力があるのに何もしないわけにはいかない。ムウは、手を差し伸べられなくなってしまったキラが生還することを願うしかなかった。
「……こっちを片付けたら戻る!それまで生きてろよ、坊主!」
「……うぉ!こ……の……ナチュラル風情がぁ!」
被弾し、右腕の機能を喪失するミゲル機。激昂するミゲルを、『ストライク』を包囲しつつ戦闘中のアスランが諫めた。
『……ミゲル!帰投しろ!その状態では戦えない!』
「……な?アスラン?」
格下の後輩だと思っていたアスランの言葉にミゲルが驚く間もなく、今度はイザークが帰投を促した。
『そうですよ。片腕を失ったミゲルの手を借りるまでもないです。帰投して下さい』
「……な?な?」
『……もっとはっきり言いましょうか?今のこの戦場で、貴方に付き合ってる暇なんて、俺達にはないんですよ』
心外だった。だが、それに反論する余地など今のミゲルにはなかった。自分は敗者なのだと改めて突きつけられた現実に、ミゲルは無言で『フォッシュ』への帰投進路を取るしかなかった……
「……さて、アスラン?そっちはあとどれくらい戦える?」
話しつつも『ストライク』を包囲する手を緩めない二人。ミゲルの帰投を見届けてから発せられたイザークの言葉に、アスランは短く「保って、5分だ」と答える。なら自分が前衛を、と言いかけた途端、アスランが口を開いた。
『……俺が前に出る。防御力も加速力もこっちの方が上だ。組み付いて、一気に仕留める。イザーク、援護を頼めるか?』
アスランの言葉に、イザークは、ほぅと感心する。確かに敵機と似たような性能の機体である『デュエル』を操る自分と比べれば、可変機であるアスランの『イージス』の方が元々の開発方向性のためか突破力がある。ここぞという場面で前に出るのはさすがにアカデミーで唯一自分の前に出た者だけのことはあると、イザークは素直に思った。同時に、『今だけ』は譲ってやる、とも。
「……解った。俺が先に仕掛ける。お前は奴が俺に気を取られてるうちに事を済ませろ。いいな?」
『……頼む』
それが合図だった。
『……こっちを片付けたら戻る!それまで生きてろよ、坊主!』
「……フラガ大尉!」
キラがムウに気遣えたのはそこまでだった。『デュエル』のビームライフルが今までとは違った精度で幾重にも光条を描き、その間隙を縫うように巡航形態の『イージス』が高速接近――キラは避けることができず巡航形態からそのまま強襲形態へと
「……アスラン!それに乗っているのはアスラン・ザラか!?」
返答が戻るまでは、ほんの数秒だったかも知れない。だが、それはキラにはとてつもなく長く感じられた。
『……キラ……?それに乗っているのは、キラ・ヤマトなのか……?』
秘匿回線という、二人だけの世界で再会した聞き覚えのある声。それはまさしく月の幼年学校でも同窓だった幼なじみ、アスラン・ザラに間違いなかった。