Phase-23 "譲れぬもの(前編)"
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「……アスラン!それに乗っているのはアスラン・ザラか!?」
『イージス』に捕獲され、零距離で大威力砲撃を受けようとしていたまさにその時、僕が取った行動――もう最期になるのなら、どうしても確かめたかったこと。その問いかけに、彼は答えた。
『……キラ……?それに乗っているのは、キラ・ヤマトなのか……?』
思った通りの答え。そして、そうあって欲しくなかったこと。けれど、僕達はこの戦場で出会ってしまった。僕はアスランの敵であり、アスランは僕の敵――認めたくないけど、認めなくてはいけない。そうしないと、誰も、何も護れないから……
「……マードック軍曹!お願いします。早く!」
キラが『イージス』に捕縛されるほんの少し前。スズネは格納庫でブリッジへと通信が繋がったままのコンソールの前でマードック軍曹に詰め寄っていた。ムウが敵『ジン』と痛み分けになり、キラが孤軍奮闘している状況は、そうそう長く保つものではない。そして、今このアークエンジェルにも機種未確認の敵が迫っている。この状況下で、自分にできることは一つだけだった。
「……そうは言っても、『デュエル』で『バスター』のライフルを使うなんて、バッテリーが保たないですよ。有線接続にしたら、今度は全く動けなくなる……少尉、死ぬ気ですか?」
そう。スズネが出した答は、『バスター』2号機の超高インパルス長射程狙撃ライフルモードを使って『ストライク』を援護し、しかる後、未確認敵機を迎撃する、というものだ。しかし、これには技術士官としてのマリューと、整備を統括する現場の最高指揮官であるマードック軍曹が反対した。理由は、マードック軍曹が今言ったとおり。『デュエル』2号機は元々このような大火力武装を扱うように設計されておらず、かといって装甲どころか首なしの『バスター』2号機での出撃は自殺行為そのもの。しかし、スズネは強行にこの案を通そうとする。
「『ゴッドフリート』や『バリアント』では威力範囲が広すぎます。フラガ大尉が援護に向かえない今、出せるものであれば出すべきです」
『……でも、危険すぎるわ。そんな試験、やったことないでしょ?』
マリューは相変わらず難色を示す。マリューとしては、現地組み立てとはいえ『G』の動く実機があり、その正規のパイロットがいる以上、無理をして救援を差し向ける必要はないと考えていた。ここで『ストライク』を失うことは痛いが、だからと言ってスズネまで出して全滅した日には目も当てられない。だが、事態はそんな悠長なことをしている余裕などなかった。
「……それでも、やらないで後悔するより、やって結果を出すべきです。その結果がどうあれ、今私が出ないことには、この艦を守る機動兵器が存在しない事実は覆りません!」
スズネがコンソールを叩く。そばで見ているマードック軍曹やサイ達も、その様子に一瞬気後れした。だが、マリューはその様子を真っ正面から受け止める。
『……照準は、アークエンジェルからデータリンクすればいいわね?後部Bデッキにはフラガ大尉が着艦するから、前部Aデッキに。リフトオフ次第の抜き撃ちデータリンク射撃……できるわね?サハリン・アマダ少尉、それに、バジルール少尉?』
マリューはコンソールの向こう側のスズネだけでなく、副長席のナタルにもその言葉を向けた。
「……勿論です」
『……最善を尽くします』
二人の答えに満足したマリューは、最初からこうなることが判っているようでもあった。
『それで決まりね。マードック軍曹、手間かけるけど、急いで。時間がないわ』
その言葉を待っていたかのように、マードック軍曹が胴間声を張り上げる。その瞬間から、この場は最前線中の最前線になった――
整備に携わる者全員が一丸となって、外部バッテリーの準備から『バスター』2号機のバックパックにボルトオン固定された350ミリガンランチャーと94ミリ高エネルギー集束火線ライフルを取り外しての組み立て、『デュエル』2号機のパレット搬送、最終チェックまでを無駄な動きなく進めていく。一方もブリッジでも、ナタルがCICの戦術データリンクを有線オンラインされた『デュエル』2号機に接続、それと同時に格納庫でもサイやトールが協力して『デュエル』2号機側の準備を整える。サイ達にしてみればキラを助けられる現在唯一の方法だけに、二人とも必死だった。
「……キラ!どうして、コーディネーターのお前が、連合の機体に乗っている!」
ようやく捉えた最後の連合の新型機動兵器『ストライク』。あと少しで『イージス』の主砲『スキュラ』の零距離射撃で爆砕できると思った瞬間に突如開いた秘匿回線。そこから聞こえる、ここにいるはずのない幼なじみの声。アスランは一瞬混乱し……次の瞬間、怒りを覚えていた。
『……アスランこそ、どうしてザフトに!』
秘匿回線は暗号化されたピア・トゥー・ピア(1)。連合のチャンネルがそのまま生きていたのは片手落ちだが、これがイザークや『フォッシュ』にいるパッカード隊長に聞かれないことをアスランは感謝していた。
「……お前こそ、どうしてナチュラルの味方なんてする!どうして、お前が……地球軍にいるんだ!」
『あの艦には……仲間が、友達が乗ってる……護りたいものが、あそこにあるんだ!』
「……くっ!」
アスランは一方的に秘匿回線を切断した。そして『スキュラ』発射シークエンスを中断して機首を返すと、不審に思ったイザークの詰問にこう答えた。
「これは捕獲する!」
『なんだとぅ!命令は撃破だぞ?』
「捕獲できるならば、その方が良い。……追撃はない。撤退するぞ!」
イザークが更に続けようとするが、アスランはそれを黙殺した。戦域を離れようとする『イージス』に、『デュエル』も渋々後続した。
『……アスラン!どういうつもりだ!』
再び秘匿回線を開くキラ。それにアスランは応じた。
「……このまま『フォッシュ』へ連行する」
『いやだ!僕は、ザフトの艦なんかには行かない!』
「……いい加減にしろ!」
アスランの気魄に満ちた声に、キラの反論は宙に浮く。その声に苦渋がにじみ出ていることに、アスラン本人は気付いていなかった。
「……来るんだ、キラ。そうでないと……俺は、お前を撃たなくちゃいけなくなる……」
『アスラン……』
「『血のバレンタイン』……お前も知っているな?あれで、母も死んだ。俺は、これ以上……」
アスランの言葉はそこで途切れる。何故なら……後方からの一条の光芒が強襲形態の『イージス』のスタビライザーを掠め、その衝撃で『ストライク』を解放してしまったからだ。
「……しまった!?」
すかさずモビルスーツ形態に変形して『ストライク』追撃に入ろうとする『イージス』と、それに続く『デュエル』。その足を止めるように、もう一撃、白熱した光芒が迫る。アスラン達は、白亜の巨艦へ向かう『ストライク』を捕獲するタイミングを逃した。
「……これは……『バスター』か?」
『馬鹿な!ディアッカが俺達を撃つのか?』
「そんなことより……追うぞ!」
『言われなくとも解っている!』
戦場は刻一刻とその様相を変える。それはこの場所も例外ではなかった……
- ピア・トゥー・ピア:1対1の通信のこと