Phase-24 "譲れぬもの(後編)"
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強引だった、と自分でも思っている。
けれど、今はこうするしかないとも。
艦長もそれが判っているからこそ、より高いハードルを私達に課す。
みんながこうして支えてくれるからこそ、私は戦える。
……だからこそ、結果を出さなければいけないし、出す義務があるのだから……
「……キラ!キラぁ!」
「落ち着け!それじゃ外に出てないぞ!」
『ストライク』が『イージス』に捕獲され、その敵機が撤退を開始する中、ミリアリアは半狂乱でインカムに叫び続ける。スイッチが送信になっていないことすら気付かずに。トノムラ伍長に注意されても、今の彼女にその声は届いていない。そんなブリッジの様相を余所に、ナタルは副長席からCICに席を移して作業を続行する。
「……データリンク正常。距離200で『イージス』、『デュエル』を捕捉。……遠いな……」
距離200と言えばアークエンジェルなら主砲の『ゴッドフリート』、及び側面リニアカノン『バリアント』の射程であり、モビルスーツの有効射程を遙かに超える。それでもナタルが信頼する彼女はあくまでモビルスーツによる精密狙撃を選択した。それならば、砲雷科としてやることは一つだ。
『……こっちも確認。測距正常。現在『イージス』をロック。さすが、『デュエル』単機とは比べものにならない精度ね。やれる。これなら……』
レシーバーに定期的な低音が混じるのは、今彼女、スズネの駆る『デュエル』2号機が艦前部Aデッキへと上がるエレベータの上だからだ。艦内では組み立てられない超高インパルス長射程狙撃ライフルを天井がクリアになってから組み立て、外部バッテリーを接続されたその姿は、モビルスーツというより据え付けの長砲身砲台だ。ナタルはスズネにアークエンジェルの戦術測距データを送りつつ、レーダーに気を配ることも忘れない。現在、未確認敵機2機は何故か大きく迂回しながら本艦に接近中、被弾損傷したフラガ大尉機はアークエンジェルへ帰投せずまっすぐ敵機迎撃コースを取っている。無謀だと艦長は言ったが、フラガ大尉も助けると言った以上それを反故にしたくないのだと思っていると言うことは、ナタルにも痛いほどよく解っていた。誰も、子供一人に責任をなすりつけ、頬被りなどしたくない。艦長は最初こそ切り捨てるつもりだったが、それも軍人としての損得勘定の結果でしかない。子供一人を見捨てることで艦とそこに乗り込んだ大多数の民間人をも救えるのなら、自分でもそうするだろうからだ。
「……距離200……ニュートロンジャマー実用化前なら中距離ミサイルの精密誘導って手もあったけど、今は……ね……」
エレベータがせり上がり、モニタの上端に映し出されていた金属の壁面が一面の虚空に変わる。測距は十分。ロック完了。あとは……床面ロックと同時にトリガーを引くだけ。スズネは胸元に手をやり、純白のパイロットスーツの上からあの懐中時計の形を探る。護れる力があるならもう迷わないと、あのとき、崩壊した『ヘリオポリス』の残骸の中で誓ったから。そのためには強引と思われる手法でも、やれることをやろうと決めていた。そして今、自分の代わりに『ストライク』に乗った心優しいコーディネーターの少年が敵の手に堕ちようとしている――それだけはさせるわけにはいかなかった。何故なら、ナチュラルである自分達に味方したキラ・ヤマトという少年は、今この戦場を支配する未知の兵器ニュートロンジャマーを作成し、地球に未曾有の危機をもたらしたザフト、いや『プラント』からすれば裏切り者に他ならないからだ……
「……Aデッキ、エレベータロック完了。『デュエル』、システムオールグリーン!」
「『ストライク』、依然『イージス』に捕獲されたまま、距離205に遠ざかります!」
ミリアリアが管制オペレータになったため繰り上がりで掌管制長を務めるトノムラ伍長と、CICオペレータのチャンドラ2世伍長がそれぞれの職責を果たす。それを受けてナタルは思わず現在の地位を忘れたかのようにインカムを掴み、士官学校の生徒時代に戻ったかのようにスズネの名を呼んでいた。
「……スズネ!」
『……解ってる!こんな距離なんて……!』
想いを力に変えて、撃ち抜く力を――スズネはアークエンジェルから転送される、モニタ一杯に広がる『イージス』をロックしたまま、超高インパルス長距離狙撃ライフルのトリガーを引く。通常の『デュエル』では賄えない膨大な電力はPS装甲をオフにしたままの暗灰色の装甲を見せる『デュエル』本体からではなく外付けのバッテリーから凄まじい勢いで消費され……長く伸びた一条の光条は巡航形態の『イージス』のスタビライザーを掠めて消える。その衝撃で結果的に『ストライク』が捕縛から逃れることができたものの、直撃させられなかったことがスズネはもとよりナタルには信じられなかった。
「……外した?」
原因は明らか。やはり遠すぎたのだ。艦載砲熕兵器ではさして問題にならないズレも、モビルスーツの精密射撃では無視できないものとなる。シミュレータでは判っていても、現実はまた違う。だがそれでもスズネは今の射撃諸元からデータのズレを修正し、第二射を放つ。今度は狙いどおりに『ストライク』を追撃しようとする2機を足止めできたが、次を撃つことはできなかった。……何故なら、今まで行動の読めなかった不明機2機の機種が判明。それを待っていたかのように『アークエンジェル』に向かってきたからだ。
「……敵機照合終了。『ジン』2機!」
チャンドラ2世伍長の声に、ナタルが鋭く反応する。
「既知機種……今まで何をしていた!」
「……先程まで熱紋反応が異なっていました。ブースターのようなものを装備していたと思われます」
チャンドラ2世伍長は言う。確かに通常の『ジン』では考えられない航続距離を生み出すには、それ相応の追加装備があるのだろう。しかし、今まで連合はザフトがそんな装備を実用化しているという情報は掴んでいなかった。
「……くっ。艦長!」
「敵も味方も日進月歩。ドッグイヤー(1)って言った方が良いかもね。とにかく、迎撃準備。『イーゲルシュテルン』全機起動。『ゴッドフリート』、『バリアント』照準急いで。
……ナタル、ここは『ヘリオポリス』じゃないから、存分にね。スズネ、現時刻を以て現在の任務を終了。通常装備で迎撃に向かって」
ナタルがマリューに指示を仰ぐ。マリューは努めて冷静に防空迎撃準備を指示する。ナタルはCICから副長席に戻り、スズネは超高インパルス長距離狙撃ライフルと外部バッテリー、データリンク用ケーブルをパージして『ストライク』用の57ミリ高エネルギービームライフルと、赤を基調とした『ストライク』用とは異なる『デュエル』用の濃紺を基調としたアンチビームシールドを手にアークエンジェルから飛び立つ。それを追うように、ようやく戻ってきたフラガ大尉の『メビウス・ゼロ』が『ガンバレル』を失って異様にスマートになった機影を見せつつ続いた。
その様子を、『ジン』を駆るウォルターとハンスは静かに受け止めていた。二人は偵察任務を兼ねて本来の任務、試作型の増加装備『アサルトシュラウド』の評価試験を行っていたのだが、その途中で母艦が交戦状態となったことを知っていた。ただし、ノリスからの指示はあくまで予定どおりのコースで帰還すること。クルーゼ隊の若手が迎撃に出たことも通信から判っていたが、予定どおりならこれ以上ないタイミングで挟撃できるはずだった。それが突然
「……しかし、何を考えてるんだ?あの連中は?」
ウォルターは珍客ともいえるクルーゼ隊の3人をあまり快く思っていなかった。元々階級制度のないザフトはその制服で指揮系統が決まるが、若くしてエリートの証である『赤』を纏う彼らには、まだそれに相応しい威厳は備わっていないにもかかわらず、エリート意識だけは肥大しているように思えたからだ。『黄昏の魔弾』にしても、噂はあくまで噂だと思うしかなかった。正直に言えば、ウォルターは彼らに失望していた。
『……手土産持って帰ろうとしたところを、後ろから蹴り上げられた、ってとこですかね?伊達に『赤』を着てるんじゃないと、あのイザーク・ジュールとかいうのは言ってのけてましたが』
ハンスにしても同様だ。だが、それ以前にハンスは自機のバッテリー残量を気にかけていた。機体にボルトオン固定される増加装甲である『アサルトシュラウド』は重く、それを相殺するためのスラスターや推進剤は装備されていたが、それでも機体に対する負担が予想以上に大きかった。評価試験を兼任した二人は本来なら装備したまま帰還すべきだが、戦闘機動に邪魔になるとして二人とも爆破破棄を選んでいたほどに。
「……とは言え、『アサルトシュラウド』のおかげであまり余裕はないな。ハンス、そっちはどうだ?」
『同じです。格闘戦はちょっと厳しいですね』
「それでも、せめて今の精密射撃をやった奴くらいは顔を拝んでおかないとな。クルーゼ隊の連中を識別するために連合の識別情報が入っているのはこれ幸い、か……」
ウォルターは言う。ノリスらパッカード隊にも、クルーゼ隊が奪取した連合の新型を戦闘中に敵と認識しないためにIFFに鹵獲した4機と、そのデータベースに存在した残る1機――『ストライク』――を含めた連合の兵器識別情報が入っていた。勿論、自軍にないものは敵と認識するが、文字通り『UNKNOWN』と表示されるよりは気分が良い。
「……いいか、ハンス。エンゲージ(2)したらそのまま反転せず『フォッシュ』へ向かう。ただし、敵の姿はきっちりカメラに納めろ!撃墜できるならやっても構わん。いくぞ」
ウォルターがその指示を出してすぐ、機体の側を大威力砲撃が通過する。敵艦の主砲が火を噴いたのだ。それを追いかけるように、濃紺にオレンジのストライプがT字型に入ったシールドを構える、灰色を基調とした連合のモビルスーツと、オレンジ色のモビルアーマーが迫る。モビルアーマーは見知った『メビウス・ゼロ』のようだが……
「……なんだ?『GAT-X102 DUEL-2』?新型か?」
IFFに表示されたその文字列を、ウォルターとハンスは迫る敵機と照らし合わせる。それは単純にデータベース上で『デュエル』の2号機を示すだけの符号だが、事情を知らない二人はその姿からスズネの駆る『デュエル』2号機を連合の新型と認識した。確かにあのイザークという生意気な赤服の駆る鹵獲機GAT-X102『デュエル』とは、細部、特に下半身がまるで違う。脚部アーマーの形状が変更され、『デュエル』では防御されていない股関節にも腰部から防御するアーマーが追加されている。更に腰部側面アーマーには何らかの武器が格納されているようにも見える。敵機は先の『ヘリオポリス』での戦い以上に正確な射撃で迫ってくるが、二人ともただのザフト軍人ではない。ノリスの薫陶を受けた二人の動きはこの世界の常識とは違い、射撃時に的になってくださいとばかりに動きを止めることはない。とにかく動け、それがノリスの教えだった。それに忠実に従う二人は『デュエル』2号機に76ミリ重突撃銃の一斉射を浴びせると、そのまま敵機を無視して大胆にもその母艦、アークエンジェルの真上を航過。自軍の母艦『フォッシュ』へ向かう。本来ならば反転して格闘戦に持ち込みたいところだが、残存バッテリーがそれを許してくれなかった……
「……ハンス、見たか、今の敵」
『……ばっちりカメラに。おそらく、クルーゼ隊を撃ったのも奴でしょう。6機目、と見るのが正しいでしょうね』
「おまけにあの射撃……パイロットはあいつだな。敵艦に同系モビルスーツが2機……編隊行動が取れるぞ……くそっ」
ウォルターは思わず後ろを見る。モビルスーツのコクピットは機械に囲まれており正面と側面にあるモニタ以外に外部情報を見る手段は存在しないが、これは癖のようなものだ。
敵機の追撃はない。その理由はおおよそ理解できる。二人が敵とすれ違った直後に、『フォッシュ』から赤、青、白の信号弾――『全機帰還セヨ』――が打ち上げられたからだ。レフェリーなど存在しない戦場では紳士協定を無視することもできるし、実際に無視して虐殺を行う連中もいるが、彼らの隊長であるノリスはそれを認めず、また、今砲火を交えた敵艦の指揮官も同様らしい。二人は長駆した体に疲れを感じる暇すらなく母艦『フォッシュ』へ向かう。
二人が持ち帰った情報がまた新たな埋み火となるのだが、それは二人の
- ドッグイヤー:犬の成長のように急速に進歩する様子のこと
- エンゲージ:敵機と会敵すること