Phase-25 "クロッシング"
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あのときは、本当にどうにかなってしまいそうだった。
アスランとの戦闘、そして、自分の無力さに。
それでもどうにか生きてアークエンジェルに戻った後……シャワールームで自己嫌悪に陥った。
フラガ大尉は最初は誰でもそうなると言ってくれたけれど……それでも、僕が選べる道は、今はこれしかなかった……
「……キラ、変わったね」
交代任務へ向かう途中。不意にミリアリアは一緒にいるトールに話しかけた。
ミリアリアの言うとおり、キラは昨日のデブリベルトでの戦闘の後、何かが変わっていた。帰還後のシャワールームでフラガ大尉と何を話していたのかは、ミリアリアもトールも知らない。そこは実際に戦場に出て何かを護るために命を削った男同士の会話だった、と二人は思っている。二人が知っているのは、キラが一度は敵に掴まりながらも未調整の機体で出撃したサハリン・アマダ少尉に助けられたことと、とにかく何もかもが初めてだった、と言うことだけ。トールは『デュエル』2号機――今は強奪された1号機と区別するため、『教導機』を意味する『デュエル・アグレッサー』と呼ばれている――の調整に忙殺され、ミリアリアは管制オペレータの任務に手一杯。実際に戦場に出て、砲火の前に身を晒したわけではないことが、キラの今が理解できない最大の理由だった。
「……ああ。けど、俺はアマダ少尉についていただけだった。俺達が組んだだけで穴だらけのOSで戦うアマダ少尉や、遠く離れた場所で戦っているキラを見ているだけだった……」
トールは今の自分が苦々しく思う。フラガ大尉やサハリン・アマダ少尉のような正規の軍人だけでなく、志願したとは言えキラも、実際に弾が飛び交い当たれば死んでしまう戦場に出て戦っている。それなのに、自分ができることはプログラムを弄ることと、せいぜいCICの末席に座って報告することくらい。戦場に立って、今も訓練に勤しむキラと、弾の当たらない場所にいる自分とを比べることなどできないと、トールは感じていた……
一方、距離200というモビルスーツの常識を覆す長距離狙撃が可能な新たな敵機の参入により戦術的撤退を行ったノリス・パッカード率いるナスカ級高速戦闘艦『フォッシュ』は、別行動をしていたラウ・ル・クルーゼ率いる同級『ヴェサリウス』と合流していた。
ここにきてノリスはクルーゼが連合の要塞衛星『アルテミス』を偵察だけに留まらず陥落させていたことを知る。たった2機の鹵獲機でそのほとんどの役を引き受けてしまったことに敵新兵器の優秀さを再確認すると同時に、その敵新兵器により撤退を余儀なくされたことは、ノリスの心中を複雑にしていた。
「……やはり、この世界でも『白い悪魔』は健在、か……」
楽に勝てる戦争など存在しない、ノリスはそれを痛感しているつもりだったが――この世界での相手は、やもすればノリスにとって最も戦いたくない相手となるかも知れなかった。
「……やれやれ。折角本命見つけたのにお持ち帰り直前で返り討ち、か」
「ディアッカ。それは言い過ぎですよ。6機目がいるなんて情報、実際に目にするまでなかったんですから」
ディアッカの蔑むような視線と言葉を、ニコルが窘める。イザークは二人と合流する前に言いたいことは言い切ったのか、彼にしては珍しく無言のままだ。いや、むしろ彼はパッカード隊が持ち帰った敵機の情報に気を向けていただけとも言える。『足つき』こと地球連合軍の新鋭艦『アークエンジェル』の艦載モビルスーツは、現在判明している2機とも砲撃戦仕様機と予想されているが、装備の換装により柔軟な戦局への対応ができるようでもある。既にイザークも一戦を交えたGAT-X105『ストライク』は、アスランやミゲルが『ヘリオポリス』で会敵した当初は砲撃戦仕様機だったそうだが、実際に目にしたのは高機動戦仕様に換装されており、途中で命令違反を犯したアスランによって決着が付かなかったとは言えたった1機の敵にこちらが2機で当たって拮抗されていた。それよりもイザークの気を引いたのは本体を目にすることのなかった2機目の方だ。距離200で『イージス』に至近弾を浴びせ、撤退する友軍の援護を的確に行える超長距離精密狙撃は、ディアッカが駆るGAT-X103『バスター』でもそうそうできない。パッカード隊の持ち帰った映像記録には自分が駆るGAT-X102『デュエル』に酷似した灰色の機体、鹵獲機から吸い出した連合のデータベースからはGAT-X102『DUEL-2』と認識された機体が映っており、また、敵艦直上からの映像ではこいつが使用したと思われる『バスター』の固定装備の発展系と思われる長砲身砲と、その運用設備と思われる機材が艦中央前部甲板にしっかりと映っていた。つまり、こいつは母艦から自分達への超長距離精密狙撃を行った後、そのまま母艦防衛のために格闘戦に回れるだけの伎倆を持った奴が乗っているということなのだ。撤退命令を出したパッカード隊の隊長の判断には一言言いたいことがないわけでもないが、あのまま誘い込まれていてはこちらが危うかったかも知れないというのも事実だった。
「……2機がかりで『ストライク』を仕留められなかったうえ、『DUEL-2』としか判らない敵機にあんな距離から追い払われたんだぞ……こんな屈辱……!」
ディアッカ達が来てからようやく告げられたイザークの言葉は、命令無視のアスランを責めいているようでもあり、同時に自身のプライドを傷つけられた屈辱に震えているようでもあった。
このやりとりで内心一番安堵していたのは、他ならぬディアッカだ。貧乏籤を引いたと思っていたら、本命を見つけた方は命令違反を犯した上に時代遅れのモビルアーマー1機を小破させただけで取り逃がし、自分達には難攻不落の要塞衛星撃破という戦果があったのだから。アスラン達と合流した以上、次は自分も『アークエンジェル』と戦える――そう思うと、平静を保つのに苦労する始末だった。
彼らの真剣なやりとりをスズネやマリュー達が聞いたら、噴飯ものだっただろう。何しろ彼らは使えるものを使って戦っているだけだったのだから。ザフトが新型機と認識した『DUEL-2』――『デュエル・アグレッサー』にしても足りない部品を『ストライク』の予備パーツで賄ったに過ぎず、脅威と捉えた長砲身砲も、フレームのみで戦力たり得ない『バスター』2号機から取り外し、強引に使用しただけだったのだから。だが、得てして未知の敵戦力とは異様に過小評価されるか、さもなくば……異様に過大評価されるものであった……
その頃――デブリベルトにほど近い空域で、小競り合いと言える程度の小さな戦闘があった。それは小さな出来事ではあったが、後に両軍を巻き込む大きな事件となるということには、それを引き起こした当事者ですら気付いていなかった……