Phase-26 "アスラン"

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「全力回避!何としても……この荷を奴らに明け渡すな!」

艦長の怒号が輸送艦『イオージマ』の艦橋を震えさせる。しかし、帰ってくるのは絶望的な状況を再確認するのみだった。

「……馬鹿な……こんな馬鹿な話があってたまるか」

思わず艦長席から立ち上がり拳を握りしめる『イオージマ』艦長の下に舞い込むのは、追い討ちをかけるような絶望を具現化したようなものばかり。そんなことがあってたまるか――艦長の思いを全て裏返すような事態が、目の前で展開する。

「護衛艦『アラスカ』轟沈!」

「僚艦『オキナワ』より通信!『我操舵不能。自沈スル』以上です!」

通信士が伝える絶望的な状況に、艦長は思わず席に座り込む。

「……何故だ……先遣隊を二分し、こちらはデブリベルトを遠回りしたというのに……何故こんなところにザフト艦隊がいる……」

彼ら先遣隊第二艦隊は、『ヘリオポリス』急襲の報を受けて第8艦隊より分離した補給艦隊だった。護衛艦『モントゴメリ』を旗艦とする先遣隊第一艦隊は主に補充人員を、そしてこの大型高速輸送艦『イオージマ』を旗艦とする第二艦隊は機材を輸送していた。艦隊は旧式とは言え足の速さではまだ一線級を保っている大型高速輸送艦『イオージマ』級2隻を中心として、護衛艦も旧式な130m級がベースのため砲戦力は弱いが足の速い『アラスカ』級2隻。この速力を生かしてデブリベルトから機動要塞『アルテミス』を避けるルートで『ヘリオポリス』へ向かう予定が、今脆くも崩れ去ろうとしていた。それも、友軍の期待の星であったものを敵として。

「……通信士!僚艦『ハワイ』へ通達。これより敵包囲網を強行突破する。援護を……うおっ!?」

艦長の命令は最後まで伝えられることはなかった。何故なら……『イオージマ』艦橋の眼前に突如として出現した漆黒のモビルスーツによって、艦橋のみが破壊されてしまったからだ……


「……で、墜としてみたらボロ船にはお宝が、ってとこか?」

ディアッカは斜に構えた姿勢を崩さないまま言う。アスランとイザークが合流し久しぶりにクルーゼ隊全員が揃ったブリーフィングルームは、久しぶりに賑やかさを取り戻していた。

仮称『足つき』こと連合の新型艦『アークエンジェル』追撃を中止し『プラント』本国へ帰還する途中に見つけた不審な高速艦隊は、俊足を誇るナスカ級高速戦闘艦を擁するクルーゼ隊とパッカード隊の前に敢無く全滅した――が、問題となったのはその積荷だった。暗礁空域ともいえるデブリベルトを避けるように行動していた、大西洋連邦の旧式高速輸送艦『イオージマ』級と最近確認されたばかりの改130m級高速護衛艦『アラスカ』級が2隻ずつの艦隊は、行動不能になるやいなや自沈するという有様でクルーゼやノリスに不信感を抱かせていたのだが、ニコルの駆るブリッツがその専用装備であるピアサーロック『グレイプニール』で艦橋のみを破壊して『イオージマ』級1隻を鹵獲することに成功。ようやく彼らは艦隊の不審な行動の意味を知ることができたのだった。

「確かに、あんなものを運んでいたのでは我々ザフトの手に落ちるわけにはいかなかったでしょうね。でも、おかげでアスランの機体の修理は進みそうですね」

「……ああ……」

ニコルの言葉にアスランが言葉少なげに応える。『イオージマ』の積荷――それは『ブリッツ』と『イージス』の予備パーツと、整備マニュアル他第一級の軍事機密品だったのだ。これらから自沈したもう一隻の積荷は『デュエル』、『バスター』、それに『ストライク』の予備パーツだったと予想されるが、それももう解らない。このおかげでザフトはPS装甲の機密と、その癖を完全に把握することとなり、生産に難があると予想されていた『ミラージュコロイド』の完全なサンプルと製法をも手中に収めることができたのだ。また、先の戦闘で超長距離狙撃を受け損傷していたアスランの『イージス』も、『ジン』のパーツを治具で組み付けた応急処理ではなく、連合製純正パーツでの修理が可能となっていた。

「……アスラン?」

ニコルの声がアスランには遠く聞こえる。アスランは先日の『アークエンジェル』との戦闘以来ずっと一つのことばかりを考えていた。炎逆巻く『ヘリオポリス』で出会ってしまった幼なじみが、悪い予感そのままに自分の敵として現れた。『ヘリオポリス』で最初に戦った時にも、あの幼なじみ――キラ・ヤマトはあの『ストライク』に乗っていたのだろうか?ミゲルを手玉に取り、クルーゼ隊長を退け、パッカード隊とも互角に戦ったのは、キラだったのだろうか?そればかりを考えていた。一度パッカード隊の隊長に『ストライク』との戦闘のことを聞いてみようと思いつつ、結局艦を離れるまでにそれは叶わなかった。戦闘報告の際に聞けたかも知れなかったが、イザークの手前『敵のパイロットが実は幼なじみでした』とは言えず、そのままになってしまったのだ。連合製の秘匿回線がこれほどありがたいと思ったのは、これが初めてだった。

「あ、いや……何でもない」

アスランの曖昧な返事にニコルは首をかしげたが、それ以上は何も言っては来ない。それが今のアスランにはありがたかった。


 ――キラは……あんなことをするような奴じゃなかったのに、な。


アスランは考える。泣き虫で、自分の後ばかり追いかけていた月の幼年学校の幼なじみのことを。ナチュラルとコーディネーターとの緊張が高まり、やがてテロが勃発し……祖国プラントに戻った自分と、両親の祖国である地球の小国オーブに避難したキラ。戦争が終われば……そう考えていた自分に突きつけられた現実は、あまりに非情だった。

そのアスランの思考を中断させたのは、自分達の隊長ラウ・ル・クルーゼからの呼び出しだった。今このタイミングで何が、と考えるアスランに、クルーゼは命じる。

「……間もなく、我が艦隊はプラントの特使が座乗するチャーター船とすれ違う」

クルーゼの勿体ぶった言い回しは、アスランには理解できなかった。何故自分がここに呼ばれたのだろうか――その様子を見てか、クルーゼは満足そうに口元をかすかに歪ませる。

「特使はラクス・クライン嬢だ。久しぶりではないのかな?アスラン?」

そういうことか。アスランは得心する。最高評議会議長の一人娘ラクスは自分にとっては親同士が決めた許嫁だ。婚姻統制によって親同士が決めたとは言え、彼女のあの性格は自分にとっては迷いから抜け出す道を指し示す道しるべのようであり、居心地の悪さを感じたことはない。その彼女が、特使として――恐らくまもなくに迫る血のバレンタインの追悼記念式典のためだろう――この宙域で自分とすれ違う。確かにこのようなことは滅多にはないことだ。

「……アスラン・ザラ。君に特使の座乗するチャーター船が安全に航行できるよう、我が艦隊の警戒宙域ギリギリまでエスコートすることを命ずる。以上だ」

クルーゼの持って回った命令に、アスランは姿勢を正して敬礼した。

「アスラン・ザラ、了解いたしました。速やかに任務を遂行いたします」


――このとき、アスランは気付く術を持たなかった。何も起こるはずのない特使の船に危機が迫っていることに。そして、彼が平穏無事に見送ったチャーター船『シルバー・ウィンド』号遭難の報に触れるのは、それから3日後のことだった……

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