Phase-27 "交わる道(前編)"

*

『……その調子。そう。バランサーに常に気を配って。自分が今どちらを向いているのか、天がどちらで、足がどちらを向いているのか、それを忘れないで』


レシーバーに届く声。それは時に突き放すように厳しくもあり、また包み込むように優しくもある。僕がこの『ガンダム』――地球連合の最新鋭試作機GAT-X105 ストライク――に出会ってから、もう1週間になる。慣れないまま経験した実戦は、言葉だけでは何も護れないことを僕の体の隅々にまで教えてくれ、また、幸運なことに僕は得難い先生の指導を受けることもできている。今は彼女に護られてばかりだけど、いずれは……


『ヤマト君!機体が流れてる!早く制動かけて!』

「……あ、はい!」

そこまで考えて、今はまだそれが夢の先だと知る。僕の目の前に立ちはだかる親友に対等な立場で向き合うには、僕はまだまだ力不足なんだと――


「あの二人、結構良い上官と部下になってきたんじゃない?」

『アークエンジェル』のブリッジから、虚空をゆく2機のモビルスーツを見守るマリューは、その傍らで同じ先を見ている金髪碧眼の士官、ムウにそう語りかける。

「……俺から見れば、どっちもまだ危ないがね。ま、サハリン・アマダ少尉以上にモビルスーツを乗りこなせる人間は今の連合にはいないし、坊主もこのまま行けばいいモビルスーツパイロットになれる。ただ――」

ムウはそこで言葉を切る。その先はマリューにも解っていた。『ヘリオポリス』崩壊により志願したとはいえ、キラは現地徴用の学生なのだ。正規の軍人ではなく、また、そうさせてはいけないとマリュー、ムウ、スズネの3人は考えている。ナタルだけは違うのだが、誰もそれを否定することはしない。彼女の考え方も、現状に対する回答の一つなのだから。

「そう言えば、大尉はモビルスーツには乗らないんですか?今なら存分に訓練できると思いますけど」

マリューは話の流れを変えるべくムウに振る。ムウは軽く笑ってそれを流した。

「俺は、今はモビルアーマー乗りでいいさ。こいつで宇宙(そら)を駆け抜ける快感は、モビルスーツじゃ味わえない。
 ……モビルアーマー乗りは、嫌いかな?」

ムウの言葉に、マリューは一瞬の間を開けた後、こう答える。

「……嫌いです」

「そうか……ま、もうじきあの二人も戻ってくる。第8艦隊との合流もまだ当分先だし、二人が戻ったら俺が哨戒に出るよ」

「よろしくお願いします。フラガ大尉」

その言葉の裏に秘められたものを感じたムウはそれ以上その話題を続けることを意図的に避けた。マリューはその心遣いをありがたく思うと同時に、気分を任務に切り替える。ザフトの追撃艦隊を退けたとはいえ、孤立無援の現状に変わりはないのだから――


――その頃、キラ・ヤマトへの教導と自身の完熟訓練を実施していたスズネは、レーダーが捉えた僅かな違和感に注目していた。微弱な電波、非常に小さな目標――距離はそれほど遠くはない。単なるデブリ(1)かとも思ったが、何かが引っかかっていた。

「……こちらアークエンジェル02。距離100グリーン10アルファに未確認物体発見。調査に向かいます」

『アークエンジェル02』とは、先日の戦闘後に取り決めた部隊符号だ。他の正規部隊がやっていることを民間・軍人織り交ぜたこの艦でもやって、合流時にそれらしい体面は取り繕っておこう、というものだが、結局のところ稼働可能な機動兵器もパイロットも3人しかいないので、あまり意味のないものでもある。なお、01がムウ、02がスズネ、03がキラになる。スズネはアークエンジェルに報告を入れると、キラを伴って移動を開始する。

「アマダ少尉?一体どうしたんですか?」

キラが問う。部隊符号を使わないのは、慣れていないだけではない。だが、スズネはそれを咎めることはせず逆にキラに合わせた。

「……ちょっと気になるものを見つけたからね。今日の教導の締めくくりにちょうど良いかもね。索敵と確保。やってみる?ヤマト君?」

スズネは公式の場以外ではキラのことを『ヤマト少尉』とは呼ばない。常にそう呼ぶのはナタルくらいなものだ。ムウに至っては『坊主』だし、マリューは『キラ君』――正直これでよいのかとも思わないでもないが、臨時徴用から志願になった学生臨時士官の扱いがそれぞれ如実に表れている。話を振られたキラはと言えば、自信なさげに『やってみます』と応えるしかできなかった。

距離が近付くにつれ、発信電波の強度が上がりその正体が掴めてくる。それが国際救難チャンネルによるSOSだと解った時、スズネとキラはそれぞれの愛機を加速させた。

「……反応から救命ポッド。せいぜい姿勢制御できるくらいで自力航行能力はないから、早く見つけられたのならよかった、けれど……」

スズネの駆る、灰色を基調として胸や額、膝が青く塗られたGAT-X102-2『デュエル・アグレッサー』が前に出る。先の初陣時にはPS装甲の電圧調整がうまくいっておらず全身灰色だったが、今は強奪されたGAT-X102『デュエル』と同じ配色となっている。それに続くキラの『ストライク』はエールストライカーを装備した状態で本来ならばこちらの方が足が速いのだが、先の教導で散々絞られ疲労が溜まっているせいか、その動きはやや精彩を欠いていた。

「アマダ少尉。救命ポッドって、大体何日くらい大丈夫なんですか?」

キラが問う。最悪の事態は考えたくないが、それでも、との思いが先に出たのだろう。

「人数によるけれど、1週間は大丈夫なはず。気密さえ保たれていれば、ね……」

スズネが応えつつ、『アークエンジェル』へのデータ送信を欠かさない。場合によっては艦に動いてもらう必要もあるからだ。

「……アマダ少尉!あれじゃないですか?」

キラからの通信。どうやら先に目標を発見したのは彼のようだ。目視では見えない。こういうとき、コーディネーターは身体能力全般が強化されているということを実感させられる。送られてきたデータにモニタを合わせると、緑色に塗られた救命ポッドが見えた。連合製ではない。プラント製の救命ポッド。だが、それが必ずしもザフトに関連するものではない。開戦以前、まだ『プラント』が植民コロニーであった時代には、地球で建造して打ち上げるのではなく最初から月やプラントで建造して運用する宇宙船もあったのだから。

「『シルバーウィンド』?民間船のようね。ヤマト君、回収できる?」

「了解です」

救命ポッドに大きく書かれた船名は、スズネの知らない船だった。語感から大西洋連邦風でもあり、プラント風でもある。スズネはキラに回収を指示すると、『アークエンジェル』への回線を開く。

「こちらアークエンジェル02。目標は救命ポッドと判明。現在アークエンジェル03が回収作業を実施。完了後、帰投します」

『アークエンジェル』への報告後、スズネはキラの手際を見る。当初は苦手だった細かい作業も随分上達している。飲み込みが早いのは彼の長所であるが、同時に増長するきらいも見受けられる――スズネはこの点だけには注意しようと思いつつ、ポッドを抱えた『ストライク』を護衛するように『アークエンジェル』への帰路を急ぐ。それがなんなのか、自分達の運命にどう関わってくるのか、それを知る者は今ここには存在しなかった――

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  1. デブリ:宇宙空間に散らばる人為的なゴミのこと