Phase-28 "交わる道(後編)"

*

「……開けますよ!」

外から聞こえる声。胴間声、というのだろうか。お腹の芯に響くような低い男の声がする。

周辺には人の気配が多数。あの脱出劇からそれほどの日数は経っていないと思うけれど、何かに掴まれた衝撃から、どこかの艦に回収されたと見た方が良いかも知れない。それが味方なら良いけれど……あたしはその考えをふりほどく。

この手にあるのは一挺の拳銃だけ。それだけであの人を護らなければならない。それが、最後に残されたあたしの役目。そう。彼らの願いは、あの人が無事であること。それだけだったのだから――


キラが回収した救命ポッドの開放作業は予想以上に難航した。民間用なので規格は共通のはずなのだが、外側だけでなく内側からもロックがかけられていたことに加え、たった一つの小さな窓にも黒いシールドが取り付けられており中をかいま見ることができなかった、ということもその理由だ。これがどれほどあの空間をさまよっていたのかを彼らは知らない。けれどセンサーが反応する以上、中に要救助者がいて生きているかも知れないとなると、そうそう荒っぽい手段を講じることもできなかったからだ。

それを可能としたのはキラの手腕とマードック軍曹の力だ。キラがロックを破り、マードック軍曹が物理的な障害を取り除く。ポッド内部の気圧差から中身が飛び出してこないとも限らず、マードック軍曹はまず大きな声で中にこれからすることを言い聞かせる。

「いいですか?……開けますよ!」

そう言ってロック解除のボタンを押す――中からは何も現れない。不審に思ったムウとスズネが拳銃を手に中を覗く。後ろには警備班が小銃を構え万が一の事態に備える。

「……誰もいない?おかしいな?……っ!」

そう言ったが早いか、ムウは持ち前の鋭い勘が告げるまま後ろに飛び退く。スズネが一瞬遅れてポッドのハッチから離れると、ポッドからは短く黒いもの――拳銃の銃身――が現れた。

それを手にしていたのは、赤いショートカットの少女だった。少女は警戒を露わにしたまま拳銃を手にして周囲を見回し、その目を怒りの色に染める。

「……出てこないで!これ……連合の(ふね)だ!」


ハッチが開いた時、あたし達はわざと息を潜めて周囲を伺った。プラント関係なら問題なし、もし違っていた場合は……あたしが何とかする。極力音を立てないように拳銃の安全装置を外し、弾を装填する。顔を覗かせたのは、拳銃を手にした金髪の男。その恰好は――あたし達を襲った、連中と同じものだった。あたしの殺気を気取られたのか、男は咄嗟に飛び退く。こうなっては中にいても同じ。あたしは奥に隠れてもらったあの人にそっと目配せすると、拳銃を手に外を覗く。ゆっくり、いきなり撃たれないように慎重に。

そこにいたのは、連合の制服を着た男女の集団。その後ろには小銃を構えた武装した男達もいる。離れた場所にオレンジ色の宇宙戦闘機のようなものが見えることからすると、どうやらここは軍艦の格納庫らしい。あたしは拳銃を手にしたまま、渦巻く怒りの感情を抑えきれないままに周囲から目をそらさずあの人に告げる。

「……出てこないで!これ……連合の(ふね)だ!」

あたしの声に驚く周辺。特に武装した連中はあたしにその銃口を向ける――が、それはさっきあたしが見た金髪の男に制された。どうやらこの男がこの集団のリーダーらしい。けれど、あたしに向かって言葉を発したのはその男ではなく、その横にいた銀髪の女性だった。女性は手にしていた拳銃を慣れた手つきで安全装置をかけて床に置くと、あたしに向かって武器を持っていないと示すようにその両手を開く。その仕草はどこかで見たような、そんな気を起こさせた。

「驚かせたみたいだけど、その銃を降ろしてもらえないかな?そうしないと、お話しもできないでしょう?」

あたしの目を見たまま、一歩ずつ、歩み寄ってくる。ゆっくりとした口調。どこかで聞いたような声。けれど、それがなんなのかは思い出せない。

「あたし達を襲った連合の言うことが、そう簡単に信用できるか!」

あたしの言葉に一瞬動揺を見せる目の前の女性。それは女性だけではないが、それでも目の前の女性は優しい視線をあたしに向けたまま、ゆっくりと、毅然とした口調で言う。

「貴女達には危害を加えないと約束するわ。私は地球連合軍士官、スズネ・サハリン・アマダ少尉。貴女のお名前、教えてもらえるかな?」

「……サハリン……アマダ……」

今度はこちらが言葉を失う番だった。そのどちらもどこかで聞いたことのあるような、懐かしい響きを纏っている。失った大切な何かを埋めてくれるような言葉。けれど、ここで気を許すわけにはいかない。萎えた気持ちを奮い立たせるように拳銃のグリップを握る手に力を込めた途端……その場の雰囲気にそぐわない、優しい気持ちのこもった声があたしの後ろから聞こえた。

「丁寧なご挨拶、痛み入りますわ。アマダ少尉。キキさん、その銃を降ろしていただけますか?」

艦内照明の届かないポッドの奥から現れたのは、ピンク色の豊かな髪を揺らした少女。あたしが出てこないでと言ったのに。けれど、その言葉には逆らえない。あたしが銃を降ろしたのを確認すると、あの人は微笑みながらゆっくりと、あたしの前に歩み出る。

「ポッドを拾っていただいて、ありがとうございました。わたくしはラクス・クライン。彼女はお友達のキキ・ロジータさんですわ」


あの人――ラクスさんがあたしをそう紹介する。あのアマダ少尉と名乗った連合の女性士官も、その場の誰もが言葉を発せないでいる。それはラクスさんのことを知っているのか、それとも別の理由か……それは解らなかった。


「……そう。キラ君も貴女も、また凄いものを拾ったわね」

あの後ブリッジで報告を受けたマリューは、開口一番そう言った。ラクス・クライン――現在の敵国プラントの最高評議会現議長シーゲル・クラインの一人娘であり、プラントのカリスマ的歌姫。そんな超がつくようなVIPがその友人とともに遭難していたことも大問題だが、その理由がどうやら連合の制服を着た海賊に襲われたらしいとなると、話は更にややこしい方向に進む。どこかの馬鹿がやらかしたことは間違いないが、そういう連中がこの宙域にいるとなると、警戒を強めるしかなくなる。それ以前に海賊ならまだマシだ。それがもしも正規軍の仕業であったならば……マリューは考えが妙な方向に行きそうになるのを無理矢理止めた。

「で?今そのお姫様はどうしているの?」

「今はご友人と一緒に空いている士官室に。ハウ二等兵とヤマト少尉に話し相手の名目で見張らせていますが、後ほど艦長にもご足労頂くことになるかと」

マリューの問いかけにスズネは即答する。完全に外向きの言葉を発する彼女の様子に、マリューは苦笑した。けれど、救助した超VIP級の少女二人の相手に年の近い年少兵の少女とコーディネーターの士官を向かわせたのはよい判断だと思った。ナチュラルの少女だけでは、階級的に役者が不足なだけでなく間違いなく警戒されてしまっただろう。その後の自分の『ご足労』でまた頭を痛めることになるのは間違いないが、それはその時だ。

「……それにしても、問題が起きる時って、どうしてこう続くのかしらねぇ……」

そう言ってマリューは苦笑する。理由が分からないスズネに、マリューは今艦の進路を『ユニウスセブン』へ向けたことを告げる。デブリベルトを抜けるのに、真水が足りなくなったとの理由。現状では最後の補給箇所となるが、それを聞いた時のスズネの顔は複雑だった。

「飛行科の貴女達にはあっちを担当してもらっていたから私とナタルの二人で決定したけど、フラガ大尉には事後承諾してもらったわ」

「私からは何も言うことはありません。艦長がそう決定したのであれば、従います」

スズネはそう言うと視線をブリッジの周囲に広がる虚空へと向ける。その無言の問いかけに応えるものは、今はいなかった……

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