Phase-29 "悲しみの地へ"
*
「……それで?どうだった?」
休憩時間の食堂。しかし、そこにいる人間はまばら。その中の一群で、少年少女達が遅い昼食を取りながら話に花を咲かせていた。
「うーん。見た目は普通の女の子よ?さすがにお嬢様、って感じはしたけど……それより『お友達』がずーっとこっち睨んでるのが……」
何気ない会話も、やがて一つの話題に結実する。トールが何気なくミリアリアに振った言葉から、話は自然と救助されたラクス・クラインの話題になっていた。ミリアリアはキラと一緒に話し相手(という名目の監視役)になっていたため、サイやトール達からすると自分達の知らない話が聞ける数少ないチャンスだったからだ。
「でも、コーディネーターだろ?フレイなんて話するだけでも嫌がるし。キラに聞いた話だと、最初フラガ大尉やサハリン・アマダ少尉に銃向けたくらいだし。素手でも俺達じゃ敵わないんじゃないか?」
サイの言葉にミリアリアは素っ気なく答える。
「銃、取り上げられてないわよ。ボディチェックはアマダ少尉と私がやったんだけど、艦長が捕虜じゃないから、って。さすがにこっちに向けてくることはなかったけどね」
「……マジ?」
「大マジ。お姫様と守護騎士ね。アレ」
聞いたトールが大きく息を吐く。この場にキラがいないのは救いなのかどうか――実際、ミリアリアはトール達に話さなかったこともあるのだが、彼女は一人心の中で溜息を漏らす。
――さすがにこの雰囲気じゃ言えないわね。ラクス・クラインの婚約者とキラが幼なじみで、二人が今お互いに銃を向けてる、なんて――
「まぁ。『ユニウスセブン』へ?」
ラクスとキキがいる『アークエンジェル』の士官室。今この部屋にいるのはこの珍客二人と、スズネ、キラの四人。ミリアリアを休憩に出した後、スズネがその役を代わっていた、というより、彼女には聞かせられない話をするつもりがあった、というべきか。
「はい。悲劇の犠牲者が眠る神聖な墓所を荒らすつもりはありませんが、今この艦には真水が不足し、やむを得ずあの地に眠る1億トンの氷結した水を少しだけ分けてもらうつもりです。
勿論、貴女の当初の目的も達せられるように善処します」
スズネは軍機に触れぬ程度にラクスに事の次第を説明する。本来なら航海中の艦船において真水が足りないということは最重要機密ではあるのだが、不便を強いることができない相手である以上、手の内を明かすことをマリュー達は選んでいた。
既に保護した初日にラクス達の目的と彼女を襲った出来事のあらましは聞いてある。だからこそであるが、それをある意味利用することになることに、スズネはとにかくまだ大人になりきれないキラには納得できないものがあった。そのため、キラはスズネが部屋に現れてから無言の抵抗を試みている。上官が現れて以降一言も喋らないキラにラクスは怪訝な表情を隠さなかった。
「……あの、キラ様にはわたくし達のことで何かお気に召さないことでもあるのでしょうか?」
ラクスにそう問われて、キラは初めて口を開く。
「……いえ。そんなことは……ラクスさん達が悪いとか、そんなのじゃなくて……」
「『ユニウスセブン』行きのことは既に艦内放送でこの艦に避難している『ヘリオポリス』の方々にも伝えてあります。ミス・クライン。
皆、悲劇の犠牲者への献げ物として、折り紙の花を折ってくれています。彼の地へ向かう際にお供いただければ幸いです」
「まぁ。皆様も大変な目に遭われたというのに。皆様のお気持ち、ありがたくお受けいたしますわ」
スズネがキラの言葉を継ぐ。偽善だ、とキラは思う。勿論、折り紙を折る避難民達の気持ちは純粋なものだろう、けれど、マリュー達軍人はそれさえも利用している。それが気に入らなかった。そして、それを社交辞令だとしても丁寧に礼を返すラクスも――ふと、キラはラクスの『お友達』、キキと目があった。
キキは相変わらず自分達を
「ヤマト少尉。そちらのロジータさんをレクリエーションルームへご案内してあげて。大変なことが続いて少々お疲れの様子だから、艦内とはいえ気分転換になるでしょう」
「……それはよいことですわ。キキさん、キラ様がご一緒してくださるそうですから、お言葉に甘えてくださいな」
キラはその言葉にむずがゆいものを感じる。最初に会って以来、自分は彼女のペースに乗せられっぱなしだ。アスランのことを話してしまったのもそうだし――ミリィ、ミリアリアは、そのことを誰かに話してしまったのだろうか。しかし、それが二人による人払いの合図だと悟ったキラは、キキを連れて士官室を後にした。
「……さて、それではお話を伺いましょう。スズネ・サハリン・アマダ少尉」
「ご理解いただけて光栄です。ミス・クライン」
それまでの柔和な表情に真剣味を含ませたラクスがスズネに向き合う。スズネがその鋭い、ただの凡庸な姫君ではあり得ない視線を真っ向から受け止める。自然と、言葉が堅くなる。
――ただの歌姫、で終わる
「では、単刀直入にお伺いいたします。……ノリス・パッカード、この名前に聞き覚えはありませんか?」
スズネの脳裏にはあの苦い敗北の光景がありありと甦る。姿は見ていない、しかし、確かに聞いた声。その手がかりを知るには、プラントの人間から聞くしかないだろう。そのまっすぐ自分を見つめるスズネの視線から目をそらさず、ラクスは答える。
「……存じております。父の良き友人でありますから。ではこちらからもお伺いいたしますわ。アイナ・サハリンというお方を、貴女はご存じですか?」
ラクスの問いかけにスズネも事実のみを口にする。下手なごまかしなど通用しないように思えた。
「アイナ・サハリンは私の母です。母は『ヘリオポリス』襲撃前まではあの場所におりましたが、今は連絡がつかずにおります。生きていれば、オーブに戻っていることでしょう」
恐らく生きているだろう。あのとき既にオーブ防衛隊の戦力は形骸化しており、碌に抵抗を見せることもなかったのだから。しかし、今の彼女に確証はない。だが、スズネの答はラクスを満足させるものだった。
「まぁ。パッカード隊長がそのお話を聞けばたいそう喜ばれますわ」
「戦争が終われば、お逢いすることも叶うかと」
「……そうですわね。『
『
「……わたくしは、何も存じ上げません。ですが、彼女も、いずれわたくしと同じ質問を貴女にすることになるかも知れませんわ」
彼女――その意味するところをラクス・クラインは語らない。彼女は舞台に立つ大女優のような優雅な振る舞いでスズネの前に立つと、話は終わりとばかりにその手を取る。
「……わたくしも、部屋の中ばかりでは少々退屈しております。皆様とお話ししたいと思いますわ」
「……善処いたします」
ラクスの想いをスズネが知ることはない。同時に、スズネの深淵にラクスが至ることも、今はまだなかった。