Phase-31 "手繰る糸"
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――なお、発見された『シルバーウィンド』号からは生存者は確認されておりませんが、救命ポッドが1機脱出した形跡があり、現在、ザフトが該当空域のさらなる調査を続けております――
――現在まで安否が確認されておりませんラクス・クライン嬢について、最高評議会はラクス・クライン嬢の婚約者アスラン・ザラ氏の所属する、『世界樹攻防戦』の英雄ラウ・ル・クルーゼ隊長の部隊を派遣すると発表しており、この事件の早期解決を願う、とのパトリック・ザラ国防委員長のコメントも――
あの日から、メディアはラクスの安否一色に染まり、連合の新型艦『アークエンジェル』追撃から戻り、最高評議会への報告も終えてようやくの休暇を得た、彼女の婚約者である俺のところにも取材が来る有様。ゴシップ系のどぎつい見出しにも慣れてきた頃、ようやく出撃の命令が下った。
クルーゼ隊長が言うには『彼女を助けてヒーローのように戻るか、さもなくば、亡骸を号泣しつつ抱えて戻れ』と。俺も楽観視はしていないが、それでもまだ彼女はどこかで生きているんじゃないか……そう思える。
シャワーを浴び、赤い制服をきっちり着込んだところで、もう一度部屋を見渡す。今度ここへ戻れるのはいつになるのか……いや、もしかすると、次は戻れないかも知れない。
ふと、冷蔵庫にドライストロベリーの壜が入ったままのことを思い出す。そして、そのことを思い出した自分がおかしくなった。帰ったらゆっくりと食べればいい。いっそラクスを呼んでケーキパーティでも開こうか。ケーキの材料にしてしまえば冷凍庫にあるフルーツも一気に片が付く。料理好きだった母の影響で、多少そういうことにも慣れてしまった。趣味の機械いじりだけでなく母の影響のケーキ作りと、つくづく自分はとことん一人で打ち込めるものが好きらしい。
「……甘ちゃんだな。俺は。つくづく」
口元に浮かべた笑みとともに、俺は部屋の扉を閉め、鍵をかける。そう。俺はしばらく戻ってくることのない日常に鍵をかけ、戦場へと向かう。その先では……多分、またあの幼なじみと出会うことになるだろう。あいつも、あいつの空を見ているだろうから――
「……発見された『シルバーウィンド』の位置と、『ユニウスセブン』の位置、そして、これが追撃していた『アークエンジェル』の最終確認位置、か。嫌な配置だな」
旗艦『ヴェサリウス』の自室で、クルーゼが現状を確認する。撤退を余儀なくされた『アークエンジェル』追撃戦だが、そこで終わったわけではない。パッカード隊に命じてさりげなく送り狼も付けておいたのだが……それらは全て敵機動兵器群に潰されていた。使える機動兵器が確認されたとおり少なくとも3機はあるらしく、所在が確認されたのは帰投開始その日まで。単機相手であれば
クルーゼはそのまま先日帰還途中に撃破した連合軍艦隊の会敵位置を重ね合わせる。その予想進路はある一点を指し示していた。込み上げる笑いを抑えきれないまま、クルーゼは独りごちる。
「……なるほどな。上手い手を考える。機材は我々が押さえたが、まだ人材との合流の可能性はあるな。そうなると……網を張るのはこの辺りか……」
クルーゼはモニタのある一点を指し示す。進路は決まった。彼をここまでの地位に導いた能力が、自身の勘に裏付けをする。向かう先でもう一度奴らと目見えることができるだろう。今度は『
彼一人しかいない士官室から高らかな笑い声が消えるまでは、暫しの時間を必要とした――
「……諸君!今回の任務は非常に重大である!」
『ヴェサリウス』艦内に響くクルーゼ隊長の訓辞。俺は発艦準備を整えつつある愛機『イージス』のコクピットでそれを聞きながらある一つのことを考える。あのとき――帰投途中にすれ違った、ラクスの乗ったチャーター船を見送った時、何故一言も声を交わさなかったのか。すぐ会える、そう思っていたのだろうか?黙っていても彼女は側にいてくれる、そんな都合の良いことを考えていたのだろうか、と。
彼女、ラクスは籠の鳥で終わるような女性では決してない。強い女性だ。婚姻統制で婚約者同士となりはしたが、そこに作為がなかったかと言えば、ないと言い切る要因もない。だからこそ、俺も彼女に相応しい男であろうとした――そのことに甘えていなかったか。
その堂々巡りの思考は戦友、ニコルからの通信で途絶する。捜索隊第一陣を務める俺とニコル。クルーゼ隊長の訓辞の終了とその発艦時間が来たことを告げる、この幼さを残す戦友は、それでいて誰よりも大人びている。ニコルは俺の様子を見て何かを悟ったような風だったが、それについては一言も触れない。その気遣いがありがたいと思う。ニコルと軽く挨拶を交わし、そこで意識を切り替える。ここからは戦場。まだ探索任務とはいえ、何が出てくるか解らない。もしかすると……ラクスを襲った連中と出会うかも知れない。そう考えると武者震いがする。俺は、絶対に奴らを許さない。例え、それがキラであったとしても……
「……アスラン・ザラ!発艦準備完了です!タイミングは貴官に任せます!」
オペレータからの通信。俺はその声に応えるように前を向く。
「了解した。アスラン・ザラ、出る!」
俺の声に合わせてリニアカタパルトが稼働し、加速する機体に限界まで展張された電源ケーブルをパージすると、そこには星の瞬く虚空が広がる。電源が外部からバッテリーに切り替わったことを確認してPS装甲を起動。暗灰色の機体が深紅に染まる。続いて発艦する機体も、虚空へ出ると同時に漆黒のPS装甲を起動し――ニコルの駆る『ブリッツ』だ――、2機が肩を揃えて作戦空域へと向かう。
「……ラクスさんが見つかるまで、何度でも出撃しましょう。僕は最後まで付き合います」
「すまない。ニコル。……行くぞ!」
「はい!アスラン!」
今頃はイザークとディアッカのペアも別方面へ出撃したことだろう。それでも、俺が必ずラクスを見つけると、心に誓う。例えどんな姿になっていようとも、俺が必ずアプリリウスへ――一緒に帰るんだと。