Phase-33 "誓うもの"
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「……私を感じるか?ムウ・ラ・フラガ!だが、それこそが私の思うつぼなのだよ!」
愛機のコクピットで
今回の奇襲作戦にはアスランを始め、反対意見もあった。しかし、彼はそれを持論を押し通して実行する。しかも、部下の反感を買うことなく。
アスラン・ザラの反対理由は明確だ。敵艦隊が合流しようとしている。しかし、万が一行方不明のラクス・クラインが保護、もしくは拘留されていたらどうなるか、と。しかし、クルーゼはその意見を攻撃目標を地球側からやってくる艦隊のみとすることによって納得させる。方向が真逆な地球から来る艦隊にラクス・クラインが保護されているはずがない――その言葉は優しさがその切れ味を曇らせることになる部下を納得させるに十分だった。
他に反対したのはディアッカ・エルスマンだった。彼の意見も納得できる。自分が彼に命じたのは遠距離からの砲撃。彼はそれでは自分だけ蚊帳の外だと、言外に手柄が立てられないと反論したが、自分はこう問いかける。「自軍の最高機密によって手の届かない遠距離から何の手も打てずにむざむざ沈められる。攻撃を仕掛ける立場としてはどうかね?」と。その問いに浅黒い肌の精悍な少年は嗜虐的な笑みを浮かべて答える。「最高ですね」と。それで十分だった。
かくして作戦は実施され――その結果はまずまずのものだった。戦艦1隻を含む一個艦隊を撃沈破。その大半を担ったディアッカ・エルスマンについては今更ここに記すまでもない。彼は先の『ヘリオポリス』襲撃にて奪取した敵新型機動兵器GAT-X103『バスター』の性能を最大限に引き出し、超長距離からの狙撃によって多くの敵艦を一撃で屠っていた。その威力もさることながら、自分がトリガーを引く度に暫しの間を開けては沈む敵艦を見て彼が何を思ったのかなど。
しかし、損害もあった。切り込み隊長の任を与えたイザーク・ジュールが乗るGAT-X102『デュエル』は敵機動兵器の攻撃により脚部大破、コクピット付近にもダメージを受け、パイロット自身も負傷によりまだ目覚めていない。同じくGAT-X303『イージス』を駆るアスラン・ザラも敵旗艦を撃沈する殊勲を上げるも、奪取後に実際に運用して発覚した、大威力砲撃直後に一瞬PS装甲維持以外のバッテリー出力がダウンするという機体特有の欠点を突かれて脚部に損害を受けていた。しかし、撤退時に彼が小破した機体を駆って単機敵中突破、『デュエル』を回収していなければイザークはそのまま敵の捕虜となっていただろう。その点においても、彼は評価するに値した。
クルーゼは今回の作戦に満足するが、ラクス・クライン捜索という任務に支障が出たことは否めない。負傷者が出た以上、一度『プラント』に戻る必要がある。しかし、それさえも計算のうちだと言わんばかりに、彼は終始不敵な笑みを絶やすことはなかった。
鼻をつく消毒液の匂い――イザークが意識を取り戻して最初に感じたのはそれだった。目を開けようとして、左目が開かないことに気付く。包帯が巻かれているのを確認するついでに見渡すと、そこはあの『デュエル』のコクピットではなく、艦――恐らく『ヴェサリウス』――の医務室。あのまま捕虜になっていないことを喜ぶより前に、この屈辱を与えた『ストライク』への憎しみの炎が燃え盛る。途中までは自分のペースだった。しかし、ある瞬間を境に敵の動きが一変した。そこからは無惨だ。何の手も打てずに脚部をビームサーベルで切り裂かれ、『ストライク』が手にしたナイフの鈍色の刃がモニタ一杯に広がったのだから。衝撃と小規模の爆発で意識を失った後はどうなったか知る由もないが、幸いにして自分がほぼ五体満足で生きている以上、あの攻撃は自分の肉体を切り裂くことはしなかったようだ。
自分が目を覚ましたことを医務室に戻ってきた看護兵が見つけ、さほど間を開けることもなく医務室に見慣れた顔が揃う。言葉は様々だが、皆一様にに安心している。迷惑をかけたと思うと同時に、イザークはこの屈辱を晴らすべくひそかに『ストライク』への復讐を誓う。
「……礼は言わんぞ、アスラン」
我ながら素直ではないと思いつつ、イザークはアスランに言う。アスランが沈黙した自分を自身も小破しながら単機敵中突破して回収してくれたと聞いた時、アカデミー以来のライバルに感謝しつつ、この借りは戦場で返すと内心誓っていたからだ。
「イザークの機体、父さんが海軍工廠で開発中の新装備も使って修理することになりましたよ。コクピットブロックはこの前手に入れた『ブリッツ』のものと共通らしくて、アスランの機体と同じくそれほど修理には時間が掛からないみたいです」
ニコルが言う。だが、脚部のPS装甲は間に合わないかも知れないと言っていたと済まなそうに言うこの年下の戦友には、感謝してもしきれない。ニコルの父、ユーリ・アマルフィ氏は自分の母エザリア・ジュールと同じく最高評議会議員であると同時に優秀な技術者であり、彼自身が市長を務めるマイウス市海軍工廠の重鎮だ。大破した自分の機体の修理にニコルが父をも動かしたことは想像に難くない。鹵獲した敵技術の短期間での複製がどれほど大変か、言うまでもないことだからだ。
「……まぁ、生きていたんだしよかった。俺達は今『プラント』へ一時帰還中だから、再出撃までには1週間はかかるだろうな。ギリギリってとこか?」
そう言ったのはディアッカ。しかし、その意味を計りかねたイザークに、ディアッカは続ける。
「あの宙域をあれだけの規模で捜索してお姫様の痕跡一つ見つからないんだ。そこに現れた1隻の軍艦。うちの隊長がそれを怪しいって踏んで、な。俺達は直接連中にお話し聞かせてもらうことになったんだよ」
薄笑いを浮かべるディアッカ。その『お話し聞かせて』もらうのは言葉どおりの意味ではないことはイザークにも解る。同時に、アスランがディアッカの言い回しに僅かに顔をしかめたのも。
そういうことか――イザークは得心する。あの『アークエンジェル』が連合軍主力と合流し、地球へ降下する前に何としても確保する――言うのは易いが、実行はどうか?それだけにやりごたえのある任務ではある。そう考えを巡らすイザークに、ディアッカは問う。
「……で、イザーク、お前はどうする?このまま病院で寝とく?」
「……貴様、誰に向かって物を言っている?こんなもの……」
そう言って顔の包帯を外そうとするイザークをディアッカが止める。答はもう聞いたと言わんばかりの彼に、イザークは傷の痛みが引きつる顔を何とかして笑わせ、拳を4人の前に突き出す。
「……今度は足手まといにはならん。任務を達成し、全員で帰るぞ」
「だな。俺達の相手は、あの『アークエンジェル』くらいでないとな。この前のは正直食い足りないぜ」
ディアッカが笑いながらイザークの拳に掌を載せる。
「この宙域は、他の部隊が担当してくれます。僕達は、全力でラクスさんを捜しましょう」
ニコルがその上に掌を。アスランは……一瞬何かの迷いを見せるそぶりをしたが、それを振り払うように掌を載せる。
「……俺達で、やるんだ。そう。俺達で……」
腹は決まった。
その様子を見て、イザークは自分に言い聞かせる。今度こそ、このような失態は晒さないと。今度こそ、あの2機を墜とし、雪辱するのだと。
しかし、イザークは、いや、ディアッカも、ニコルも気付かなかった。アスランが何故一瞬逡巡したのかを。もしその理由を彼らが知っていれば、彼らは迷わずアスランをこの任務から外すことを自分達の隊長に進言しただろう。アスランの葛藤はそれほど深く、また、巧妙に隠されたものだった……