Phase-36 "フレイの選択(後編)"
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「……私、決めたの。軍に志願するって」
「……フレイ?どうしたの?急に……」
誰もいない、二人っきりの場所で切り出す一言。それは賭け。私自身をチップにした、生まれて初めての賭け事――
「サイも、トール達も残るって言ってくれたわ。でも、私は自分で決めたの。キラにも、酷いこと言っちゃって……ごめんなさい。私、本当にどうかしてた」
あいつに……パパを見殺しにしたあいつに復讐するためなら……そのための駒が必要だと思ったから――
だから、そのためだったらなんだってする。使えるものなら何だって使う。そのための一手……もう、彼は私の視線から逃れられない。
「フレイ?でも……駄目だよ。女の子が、そんな……」
「……でも、最初に言い出した私だけ……何もしないなんて……そんなことって……」
もう一押し。私は今、自分が『女』だってことに感謝していた。『女』だから、こういうことができる。私が『女』だから、『男』であるキラは……私に
「……君は、僕が護る。だから……その……無茶はしないで……ほしいな……」
堕ちた。私は賭けに勝ったことを胸の奥に押し留めて、祝福を送る……これでキラは私のもの――だから、コレはご褒美。涙が出るのは、きっと嬉しいから――
「ありがとう。キラ……なら、貴方の想いは……私が護るわ……」
唇を重ね、舌を絡める。恋愛感情なんてない、私の言うことだけを聞く優秀な
「……P.M.P. FX-550『スカイグラスパー』。大気圏内支援戦闘機というか、大気圏内用高機動モビルアーマー……本気で俺達にコレに乗れ、って言うのかぁ?試作機同然の代物だぜ?まだ」
「でも、重力下、モビルスーツの運用ができない空域ではこれに頼るしかないでしょうね。正直に言えば、私も普通の戦闘機や攻撃機を回してもらいたかったところですけど……」
あの会談の翌日。地球圏軌道上で『アークエンジェル』に横付けされた輸送艦のコンテナから搬入される多数の物資の中、所々に幌が被せられた、航空機のフォルムに近い機体――白を基調として、翼端の青とインテーク周りのオレンジがワンポイントになっている――に、紫と銀色のノーマルスーツを着た二人、ムウとスズネが揃って溜息を漏らした。通常の航空機とは異なり固定翼を利用した空力特性による飛行ではなく、大出力エンジンによる爆発的な推力に頼った飛行を行うこの機体は、まさしく宇宙空間で用いられるモビルアーマーの概念をそのまま大気圏内に持ち込んだもの。はっきり言って、遙か昔に製造・運用されたロケット戦闘機の亡霊とも言えるようなものだが、この形態を取った理由もちゃんと存在する。
「……まぁ、こいつは『ストライク』の支援機としての色が濃いですからねぇ。主翼の代わりに装備されている大型ハードポイント、『ストライク』の肩にそっくりでしょう?」
そこに船外作業服を着たマードック曹長が苦笑いしながら加わる。三人して昇進して給料が上がっても使う暇がない、と笑ったのがとても昨日のことだとは思えないが、そうなのだ。この機体、元々はGAT-X105の計画の一翼として計画された支援輸送機プランに、攻撃機としての能力を持たせたもの。現在、この機体をベースとした宇宙用機の開発が行われていると言うが……実際に乗ることになる二人としては先に宇宙用にして大気圏内用は後回しにして欲しかった、というのが正直な感想だった。
「……確かに、これに『エールストライカー』を装備した時の機動性とか、『ランチャーストライカー』を装備した時の攻撃力は素晴らしいでしょうね……今までの航空戦力とは一線を画するでしょうし……けれど……」
「……言うな、サハリン・アマダ中尉。言いたいことは解るが」
「結局、私はテストパイロットなんですよね。それでいて、今度は少佐と肩を並べてしまいましたし……あの撮影、どういう風に放送されるのか……」
言いながら、スズネは『スカイグラスパー』の垂直尾翼を見上げる。その双垂直尾翼形式の両方に、『AA-102』のステンシルと、数字の『08』をイメージした三つのリングをくぐる空色のキツネのエンブレムが描かれている。もう1機に描かれた『AA-101』のステンシルによく似合った、白を基調とした鷹のシルエットに『Endymion』の文字のエンブレムと並ぶと、そのパーソナルエンブレムの持ち主を如実に表しているような気もする。キツネのエンブレムはスズネの、鷹のエンブレムは言うまでもなく『エンデュミオンの鷹』ムウのものだ。当初スズネは嫌がったのだが、『メラネオス』の情報士官にイメージ戦略上必要と説得され応じたものの……まさか翌日には仕上がってくるとは思いもよらず、今こうして微妙な感覚にその身の置き所を悩ませていた。
「でも、お二方なら上手く扱えますよ。残っている微調整は任せてください。地球に降りる頃には、完璧に仕上げておきますよ。……ところで、『撮影』って何のことですか?」
「……まぁ、それはそのうち解るさ。しかし、複座機なのにパイロットが二人しかいないのは……両方の
「結局、人員の補充は無理、でしたからね。RIOはコンピュータで代役ってことでしょう。最低でも医療班くらい、正規の軍医官と交代して解傭してあげたかったんですけれど……」
「それに、あの坊主どももな。まったく。折角のチャンスを……」
そう言って、ムウは視線を搬入路の外、大きく青い星が真下に見える宇宙空間に向ける。そこには緑色の小型シャトルが『アークエンジェル』と『メラネオス』を往復しているのが見えた。『ヘリオポリス』の避難民をピストン輸送で『メラネオス』に移動し、『アークエンジェル』降下後に大西洋連邦が難民として認定するか、オーブ連合首長国に帰還するか――それは当の本人達次第だが、これまでの旅路で騒がしくもあり暖かくもあった人の温もりが艦から去っていったことは、少々寂しくもあるな、とムウは感じていた。
「本当に。ヤマト君、最初は降りるって言ってくれたんです……け……ど……」
スズネはムウに同意しながらも、彼らの行動に疑問を感じずにはいられなかった。発端は、ナタルが除隊証明書の説明を彼らにしようとした時だ。あの赤毛の少女、フレイ・アルスターが突然軍に志願したのだという。その熱意に
……が、そんな考えなど及ばないかのように、スズネはそれまで意識の外に置いていた下腹部からの鈍痛が急に激しくなるのを感じた。その理由に思い当たらないでもなかったが、そんなはずはないと思いつつ……スズネの意識は本人の意志とは無関係にその制御下を離れ始めていた。
スズネの異変に最初に気付いたのはムウだった。何かを堪えているのか、急に呼吸が荒くなったのがレシーバーを通じて解る。次いで、それまで普通に話していたのが姿勢に安定感がなくなった。
「……お、おい、サハリン・アマダ中尉?大丈夫か?」
ムウがスズネの体を支えて無重力区画から移動する。重力区画に移り、エアの確保を告げるブザーが鳴るより早く、スズネの膝が崩れた。
「……あ……あれ……?そんな、まだ……」
下腹部を押さえるようにしてかがみ込むスズネ。その様子にムウは即座にブリッジへと回線を開いた。
「……お、おい!しっかりしろ!
……ブリッジ!サハリン・アマダ中尉が倒れた!至急医療班を!早く!」
「……な……どうして……こんな時に……」
スズネは下腹部からの絶え間ない鈍痛と熱を帯びて定まらなくなる視線の先で、自分に何が起こったのかを必死で確認しようとした。その彼女の努力を嘲笑うかのように、無情なアラートが艦内に鳴り響いた。