Phase-40 "軌道上会戦(後編)"

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「敵艦発砲!直撃コース!来ます!」

「右舷スラスター全開!躱せ!避難民のシャトル、緊急発艦!総員、衝撃に備えろ!」

オペレータの悲壮な叫びが『メラネオス』艦橋を支配する。ハルバートンが即座に回避を命ずるが、間に合わない――だが、その暴力的な光輝の前に立ちはだかったものがあった。

「『アストリア』?盾になる気か!?」

それは連合軍の130m級護衛艦『アストリア』。ザフトのモビルスーツの攻撃によって崩れた陣形にあってなお旗艦を守っていた歴戦の戦闘艦は、最悪の事態を避けるために最も的確、かつ非情な選択を行った。『アストリア』からの僅かな光信号による通信は最後まで伝えられることはなかったが、それでも、彼の艦はその責を最大限に果たそうとした――


「敵旗艦『メラネオス』、未だ健在!」

「敵艦『アークエンジェル』から新たな機影確認……これは『DUEL-2』です!」

『フォッシュ』の艦橋は現状報告と被害報告が交錯する最前線だった。その中にある情報に、ノリスは「出てきたか」と言葉を発する。クルーゼ隊による第8艦隊襲撃は旗艦『メラネオス』への直撃で決着するかと思われたが……敵艦隊はその旺盛な士気と自己犠牲精神によって最悪の事態を最小限度の被害に抑えた。そればかりではない。敵新型機の出現は敵艦隊を蹂躙していたクルーゼ隊の4機の鹵獲機とのパワーバランスを覆す。それも道理。敵は自軍の機体を知り尽くしている。こちらが鹵獲した現物を解析して得た情報など、敵は知っていて当然なのだ。彼我戦力差1対4なら何とかなっていた状況も、2対4、3対4では(くつがえ)るのも致し方ないことだった。

「……だが、まだ甘いな」

ノリスは思う。彼は自分がこの世界にやってきてからずっと、この世界での戦場の常識が自分がいた宇宙世紀の世界とは異なることに気付いていた。そして、それは重大なファクタとなって敵に襲いかかろうとしている。おそらく、敵方でそれに気付いているのはあのスズネと名乗った女性士官の両親であるシロー・アマダとアイナ様ぐらいだっただろう。あの未熟ながら先が楽しみでもあるスズネがそれに気付いているのか――ノリスはこの戦場でその答を見いだそうとしていた。


一方、その前線では、双方が苛烈な戦闘を繰り広げていた。ビームの光輝が、実弾の空気抵抗に減殺されない威力が互いを食い破る様は、まさに地獄絵図であり、同時に、この場でしか描けない最高の絵画でもあった。

「……うおぁっ!?」

ディアッカは急加速で肉薄してきた『DUEL-2』のビームサーベルの光輝を寸前で躱す。『ストライク』を4人で圧倒していたはずが、この『DUEL-2』の参入、次いで現れた『メビウス・ゼロ』によって覆ったことに、彼はこの場にいる中で一番憤っていた。敵新鋭機を全機鹵獲、あるいは撃破して錦を飾るはずが、逆に自分が撃破されそうになっていることが気に入らないのだ。


「支援機が前面に出るなんて、無茶も過ぎるわね。ヤマト少尉、まだいける?」

「は、はい」

接近する『バスター』と『デュエル』を『ストライク』から引きはがしたスズネがキラに声をかける。『ミラージュコロイド』を使う『ブリッツ』は直後にやってきたムウが『ガンバレル』によるオールレンジ攻撃でいぶりだし、直接『ストライク』と対峙していた『イージス』も今は3機の援護に回っている。自分達がここでこの4機を引き受けることで自軍の被害が激減する。それが判っているだけに、キラも一歩も引くことはなく、スズネ達もここで食い止めるつもりだった。


しかし、アスラン達もただ黙って引き下がるつもりは毛頭ない。例えキラが眼前の敵として立ち塞がっていても、ラクスがあの『アークエンジェル』にいるかも知れないと思っていても、だ。

「……ディアッカ。大丈夫か?」

「ああ、問題ない。くそっ。さすがに近接戦やるのに大物は持ってきてないようだが、こっちの機体を知り尽くしているってのは厄介だな……」

アスランの声にディアッカは怒りを抑え込んだような声で返答する。その視線が敵意を込めて睨み付ける先、眼前の暗灰色に紺色のカラーリングの『DUEL-2』――カラーリングは同じだが下半身と以前はなかった左肩の特徴的なパーソナルマークでイザークの『デュエル』と区別がつく――は専用装備と思われるあの長砲身砲は装備していない。だが、その実力は最初に出会った時よりも格段に上がっているように思えた。あの『ヘリオポリス』でパッカード隊に翻弄されていたのが嘘のように機敏に動き、他機との連携によって気がつくとこちらが崖っぷちに立たされている。それともデータに記録されたあれは奇襲による混乱と慣れない機体での戦闘だったからであり、こっちが本当の姿なのか……この『DUEL-2』の登場により、『ストライク』も防戦一方からこちらに反撃する隙をうかがうようになった。そればかりか『メビウス・ゼロ』がそのオールレンジ攻撃性能を生かし牽制役を買って出ている。ビームではないので致命傷は受けないが、それでも『ガンバレル』の攻撃は『ブリッツ』の『ミラージュコロイド』をキャンセルさせ、またこちらの接近を阻む効果もある。

「……連合の連中、『コーディネーターのパイロット』を使っているのか?」

ディアッカは呟く。その言葉にアスランが反応したことを彼は知らない。そして、あの『DUEL-2』のパイロットについての情報は、パッカード隊の巧妙な秘匿によりクルーゼ隊には全容は明らかにはされていなかった。そのため、彼らはそのパイロットについての情報はまだ何一つ知らない。だからこそ、ナチュラルがモビルスーツを操縦しているとは考えられなかった。

「コーディネーターが、連合の、ナチュラルの味方をするのかよ!」

答のない戦場でその疑問を確信に変えたディアッカが吠える。その雄叫びに応えるように、彼の愛機である『バスター』の主兵装である350ミリガンランチャーと94ミリ高エネルギー集束火線ライフルを結合させた対装甲散弾砲が火を噴く。広範囲に広がる弾体を避けることはこの距離では不可能で、『ストライク』も『DUEL-2』もそれぞれシールドで防御する。その隙に火砲の接合を逆転させた超高インパルス長距離狙撃ライフルで第8艦隊の旗艦『メラネオス』を狙い撃とうとするが……そこにミサイルの雨が降り注ぐ。友軍への誤射を考慮していない、いや、回り込もうとしていたと思っていた『メビウス・ゼロ』は実はその機動力で躱しており、2機の『G』兵器は万が一被弾してもPS装甲で無効化できると踏んでの、『智将』ハルバートン提督の攻撃――現に攻撃開始を知らされていたのか敵はそのミサイルの間隙を縫っての攻撃を仕掛け、ミサイルによる飽和攻撃に追加効果を与えている。この攻撃でニコルの『ブリッツ』とイザークの『デュエル』が被弾。『ブリッツ』は右腕に装備した攻盾システム『トリケロス』にミサイル被弾後に追い討ちをかけるように『ストライク』、次いで『DUEL-2』からのビームライフル攻撃を受けてその能力を喪失し、『デュエル』は応急修理した脚部に被弾、PS装甲の複製が間に合わないため『ジン』と同じ通常型の装甲材を装備していたのが祟り、たった1発のミサイル被弾で戦闘不能に追い込まれていた。

「イザーク!」

アスランが叫ぶ。モニタに映る『デュエル』のコクピットの様子はノイズにまみれ、判別できない。その中で、イザークの歯噛みするようなうめき声が聞こえてきた。

「……くっそぉ!『アサルトシュラウド』が……間に合ってさえいれば!」

「イザーク、下がれ!ニコルも!ここは俺とディアッカで食い止める!」

アスランは二人に母艦への撤退を指示し、ディアッカに自分の援護を任せようとする――そんなときだった。虚空に白、赤、緑の三色の発光信号が輝いたのは。その意味をアスランは一瞬間違いだと思った。まだ優勢ではないか、負けたわけではないのに。何故?と。

「……どうする?アスラン。撤退しろ、だってさ」

ディアッカが聞く。アスランは彼に「撤退する」とだけ告げ、その深紅の機体を返した。ディアッカもそれに続く。彼らが何故そうなったかを知るのは、母艦である『ヴェサリウス』へと帰投してからのことだった――


「敵艦隊、本宙域を離脱しました」

「……行ってくれたか……このカード、私としては不本意なのだが、切ってしまった以上は仕方あるまい」

第8艦隊旗艦『メラネオス』艦橋。そこでハルバートン提督は大きく息を吐いた。その視線は併航する白亜の巨艦に向けられていた。

たった2機の新型機動兵器だけで戦線が押し戻せるわけではないことは彼自身よく判っていたし、実際に2機が投入された一戦線のみを最終的には機体性能に頼った奇襲攻撃を加えて押し返しただけで、他は終始押され気味だった。特にエース級と思われる『ジン』部隊を相手にした『メビウス』隊は、戦線指揮を行っていたフラガ少佐の『メビウス・ゼロ』が単機で苦戦していた新型機動兵器の援護に抜けた後、その穴を埋めきれず全滅している。その絶望的な状況を文字どおり鶴の一声でひっくり返した人間が、あの艦にいる。彼としてはその存在を秘匿したまま終わらせたかったのだが……

「……少し考えねばならんな。まだあの年頃で、知る必要のない世界もある」

そう言ってハルバートン提督はシートに腰を落とす。その視線は、遙か遠くの虚空を見つめていた。


コズミック・イラ71年2月13日。後に『軌道上会戦』と呼称される戦闘は終結した。この戦闘において地球連合軍第8艦隊は所属艦艇の3割を喪失する大損害を被るも、敵ローラシア級1隻を大破、及び強奪された自軍新型機動兵器2機を含む敵モビルスーツ多数に損害を与え、圧倒的不利な状況から辛くも勝利を得た。

しかし、その勝利の鍵となったはずの1通の通信は、戦争終結した後においても公開されることなく、後年においても謎を呼ぶ一因となっていたことを、今の彼らは知る由もなかった――

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