Phase-1 "太陽の街に焔 は奔る(前編)"
*
聞いたか?今度来る連合の将校――
ああ、すっげー美人ばっかだってな?――
やめとけよ。エリートさんが、俺達みたいな民間業者に興味持つものか――
まーな。開発計画はあちらさんのなのに、結局ほとんど俺達に押しつけて確認だけしに来るんだろ?――
夢ねーなぁ。まぁ、せいぜい挨拶したら終わりだろ?――
そうそう。せいぜい目をつけられない程度に適当にやって、終わらせちまおうぜ――
いつもと同じ、そう思っていたある日。出勤してきた職場は、妙なざわめきに包まれていた。
オーブ連合首長国の飛び地といえるスペースコロニー『ヘリオポリス』。その一等地を占めるのはオーブの国営企業『モルゲンレーテ』のヘリオポリス支社だ。『ヘリオポリス』はオーブ所有の軌道エレベータ『アメノミハシラ』と並んでオーブの本土外における重要拠点だが、今は地球連合との極秘プロジェクト『G』の進行で緊張に包まれていた。
何しろ、オーブは対外的には中立だ。地球連合にも、またそれに敵対する『プラント』にも与さず、北欧のスカンジナビア王国等と並んで武装中立を唱える以上、連合に協力していると『プラント』に知れたらどうなるか……多分、オーブは地図上から消えるだろう。連合も『プラント』との全面戦争は望んでいないだろうし、全面的な援軍は望めないのは間違いない。
――そんなときだ。『G』ロールアウト予定日の1週間前になって、ようやく地球連合軍側のスタッフが赴任するとの話が舞い込んだのは。仕様書だけ渡されて機体フレームの作成、及び到着しないOSをとりあえず作成して組み込み動作試験をしていたものの、本番用のOSと装甲材は軍機と言うことで到着していなかった。これらの組み込み試験込みでのことだろう。噂では美人さんが来るらしいが……あんまり期待しない方が良いだろう。そう思っていた。その日までは――
「地球連合軍第8艦隊所属、『G』担当主任、マリュー・ラミアス大尉です。以後、よろしく」
「地球連合軍第8艦隊所属、『G』担当オペレータ兼テストパイロット、スズネ・サハリン・アマダ少尉です。
正式な専属テストパイロットは後日到着しますが、それまでに初期試験は完了させますので、いっそうのご協力をお願いします」
コズミック・イラ71年1月20日。俺はこの日を忘れないだろう。今の職場に女性スタッフがいないわけではない。ないが……着任してきた連合の士官は二人とも女性、しかも、そうそうお目にかかれない上玉。敬礼する姿も堂に入っている。ラミアス大尉と名乗った女性士官は肩にかかるややウェーブのかかったブラウンの髪も美しく、その表情も柔和。アマダ少尉と名乗った女性士官はプラチナブロンドの髪を肩にかかるかかからないかで切り揃え、その表情も生真面目そのもの。大尉さんの方が年上だが、それでも25、6というところ。軍でもキャリア組は出世が早い、か。近付きやすいのは大尉さんだが、俺の立場上話す機会が多くなるのは少尉さんだな……そう思っているうちに、俺が自己紹介する番が回ってくる。咳払い一つして、俺は口を開いた。
「『G』計画『X102』担当主任のサトル・カンザキです。よろしく」
いつもどおりの名刺交換。さすがに連合主力の方々の名刺は質実剛健……飾り気がないともいうが、階級とフルネームしか書かれてない。とにかく、この日はここまでは良かった。これからが地獄だとも知らずに、だったのだから。
なにしろこの後運び込まれた
「……お疲れ様。カンザキ主任」
PS装甲を装備して暗灰色に染まった『X102』のメンテナンスベッド近くの椅子に寝そべる俺の頬に近付くひやりとした感触。目を開けて見上げると、まず目に入ったのは上司によく似た銀色の髪。そして、冷えた缶ジュース。
「……タフだねぇ。若いからって無茶してると、すぐにお肌の曲がり角だぜ?」
俺が起き上がるのを待って、手近な椅子に腰掛けるサハリン・アマダ少尉。今は挨拶当初の連合軍制服ではなくモルゲンレーテの作業着だが、それでもよれよれの俺とは雲泥の差。俺の軽いジョークを「それ、セクハラですよ?」と軽く笑って返すのも、身も心も疲れた状態には旱天の慈雨。正直、最初に顔を合わせた時にはここまで砕けた話ができるとは思っていなかった。アマダ少尉は、俺がジュースを飲み干すまで待ってから、ゆっくりと口を開いた。
「……カンザキ主任や、モルゲンレーテ社のスタッフには本当に感謝してます。主任達がここまでやってくれたおかげで、私の仕事は動作チェックだけになりそうですね」
「まぁ、俺の担当はベーシックな機体だからな。『X303』担当のカザマ主任や、『X207』担当のイチジョウ主任に比べたら……」
実際、可変フレームの実験機『X303』担当のカザマ主任や、特殊装備実験機『X207』担当のイチジョウ主任の苦労はこれからだ。前者は可変機という難物が、後者は各種秘匿兵器のテストが待っている。
「ええ。できれば、『X102』は今日の昼ぐらいにはテスト開始できれば、と思ってます。『X303』と『X207』はその後ですね。『X102』さえ動けば、『X103』や『X105』にフィードバックできますから……」
「おいおい。ちょっと待ってくれ。ということは、今日も完徹か?」
「書類上のロールアウトは昨日です。いけませんか?」
頭をかく俺に、アマダ少尉はしれっと言い切る。その目は本気だ。
「……やれやれ。軍人さんが頑張るってのに、技術屋が休むなんてわけにはいかないな。
で、本来今晩は親睦会としてラミアス大尉とサハリン・アマダ少尉を主賓にお迎えしたいと、我々は考えていたんだが……」
一瞬きょとんとするアマダ少尉。しかし、次の瞬間……
「……少なくとも私は構いませんけど……でも、飲み比べをするんでしたら、せめて一斗(1)は飲めるようになっていないと私の相手は務まりませんよ?」
一斗って……オーブでももうほとんど使わなくなった古い単位だが、要するに一升瓶10本は軽いってか。これだけの容貌なら今まで飲ませて落とそうとした男は多そうだが、全員間違いなく逆に酔いつぶれて醜態曝したな。こりゃ。
「ま、まぁ、そういうことなんで、あとでラミアス大尉にも伝えるが、気に留めておいてくれ。ジュースごちそうさん」
後ろ手に礼を言いその場を立ち去る。これから忙しくなるぞ、と思う俺は、まだ、これから起こることを何も知らなかった。
そして、それを知った時にはどうにもならないことも、また、知らなかった……
- 一斗:約18.039リットル