Phase-1 "太陽の街に(ほむら)は奔る(後編)"

*

コズミック・イラ71年1月25日――この日はあれから妙な感じだった。

俺が定刻ギリギリに出社した時、いつもいるはずの顔ぶれが足りなかったのだ。

「……珍しいな。カザマ主任も、イチジョウ主任も遅刻か?」

俺の惚けた声に、俺の補佐である女性、『X102』担当副主任が口を開く。

「カンザキ主任……昨夜はどこにいらしたんですか?携帯もつながらないし」

「……何があった?」

確かに、俺が昨夜遅くまでいた試験場格納庫は携帯の電波を遮断するようになっている。それにしても、そんな事態になって連絡が何もないというのは変だ。問い詰める俺に、副主任は答える。

「カザマ主任とイチジョウ主任、それにアスカ部長とサハリン・アマダ一等技術陸佐は、昨夜本国に緊急召喚されました。詳しいことは聞かされておりませんが、事後のことはカンザキ主任に一任する、という連絡があったのに、昨夜は結局掴まりませんでしたわ」

溜息をつかれる。そう言えば、部屋に帰った後もそのまま寝てしまったような気がする。我ながら、何と間の悪いことか。

「……しっかし、そのメンバーだと、やっぱり『X207』(ブリッツ)『X303』(イージス)の問題か……アマダ少尉は現場で何とかする気だったが、ラミアス大尉は結構考え込んでいたものなぁ……」

実は現状でまともに動いていると言えたのは、『X102』(デュエル)『X103』(バスター)だけだった。『X105』(ストライク)はフィードバックしたデータに基づくOSのブランチからの統合(マージ)作業が完了しておらず、『X207』は機構そのものには問題がないが、特殊兵装の使用可能時間が規定より大幅に下回っているという問題があった。『X303』に至ってはOSのバグが酷く、管制機能も正常に動作しているとは言えず、何より変形に時間が掛かりすぎるという最大の問題を残したまま。宇宙空間であれば何とかなるだろうが、あれでは大気圏内での変形は自殺行為と言えた。『X207』についてはアマダ少尉が『操縦者の熟練度の問題』と報告書を提出していたが、俺の目で見てもそんなレベルの話じゃない。『X303』については時間さえかければ解決できるだろうが、民間仕事でも納品後にそんなことを切り出せば次から仕事はない。実際、結構やばい状態だったのだ。

「……で?今日本番テストパイロットの面々が到着するんだろ?俺にどうしろと?」

ベンダーから眠気覚ましの珈琲を淹れる俺に、副主任は肩をすくめて見せた。

「ですから、カンザキ主任に一任する、と。メールでも入ってませんでしたか?」

……言われてみると、確かに、ある。なんてこった。面倒ごとはいつも俺にお鉢が回ってくる。貧乏籤もここまで続けばたいしたものだ。

「……ま、まぁ、何とかなるだろ?いや、まぁ、何とかしよう……」

頭痛がしてきた。それでも、なんとか受け入れ準備は整い、新たにやってきた5人の正規テストパイロット達との顔合わせも済んだ時――その時がやってきた。


最初は、何かの事故かと思った。それは宇宙港の方角から聞こえた、爆発音のような音を伴う地響き。確か――あっちでも連合軍の新型艦を建造していたはず。ここの『G』と同じく、秘密裡に。それもそのはず。その新型艦は、これら機動兵器『G』を運用するための試験艦なのだ。その混乱も収まらぬうちに、俺の人生最悪の騒乱は訪れた……


最初は、誰も、何も解らなかった。ただ、飛び交う銃弾と、時折起こる爆発。それが現実の全て。それが『プラント』の軍組織『ザフト』の特殊部隊だと気付いた時には、もう目の前で何人もの人間が死んでいた。俺が最初に犠牲にならなかったのは、多分、運が悪かったからだ。さっきまで話をしていた同僚が柘榴のように吹っ飛び、辺りに白いものと赤いものをまき散らす様は、どう見ても白昼夢としか思えない。ここは戦場じゃなかったはずだ。ただの兵器試験場で、敵襲を受けるいわれは……そう言えば、大いにあったか。

うちの社の保安部の人間も初動こそ遅いが応戦を開始した。だが、所詮は民間企業の保安要員と訓練を受けた軍人の差は、如何ともし難い。ザフトの目的はどう考えても『G』。メンテナンスデッキに並ぶ5機以外は全て消去するとでも言わんばかりの暴挙は、血と鋼鉄の嵐となって殺風景な試験場を様々な色に染め上げる。高価な試験機材を搭載した指揮車は投げ込まれた手榴弾で内側から膨れ上がり、その破壊を引き起こした一人の緑色のパイロットスーツに身を包んだザフト兵が休んでくれるわけもなく俺を目聡く見つけ……俺が手にした豆鉄砲の銃口を向ける前に乾いた音とともに倒れ込む。音の方角を見ると、銀色の髪を振り乱した作業着姿の女性がうちの保安用のライフルを手に忙しなく応戦していた。向こうはこっちを見る余裕もない。当然だ。俺も一瞬目を向けたに過ぎない。誰だって、こんなところで理不尽に死にたくはない。特に、彼女は軍人だ。俺のような技術屋とは違う。それでも、技術屋は技術屋なりに守りたいものがあった。自分の手塩にかけたものを、そう易々とくれてやるのも癪に障る――そんな俺の前に現れたのが、さっきの緑色のザフト兵とは明らかに動きの違う、赤いパイロットスーツに身を包んだザフト兵だった。


赤いザフト兵は俺を一瞥するなり……笑った、ような気がした。ヘルメットのバイザーで顔なんて判らない。赤いザフト兵は目で追えない速度で俺に肉薄し……その直後、胸と腹に熱い固まりを流し込まれたような痛みが走る。喉から鉄臭いものが溢れ、息ができなくなる。固い特殊金属の床に倒れ込んだ俺を見る赤いザフト兵は、プラント訛りのある言葉を吐き捨てるように言った。

「……このキョシヌケが……撃てん銃なら構えるな」

それだけ言い残すと、赤いザフト兵は俺の担当機であるX102『デュエル』に乗り込む。しばらく動かなかったのは、恐らく、OSを書き換えたのだろう。非正規な手段でブートすると発動するように仕掛けたロジックボムも、恐らく解除されたに違いない。結構、苦労したんだがな……俺と、アマダ少尉が……

X102『デュエル』は、やがてメンテナンスデッキから身を起こすと、PS装甲を起動させて灰色を基準として胸、額、膝が濃紺に染められた機体色に変貌する。完全正規状態での起動――技術屋としては、敗北だが、そのX102がアマダ少尉でも見せたことのないなめらかな動きでテスト用に準備していた175ミリ・グレネードランチャー装備57ミリ高エネルギーライフルとアンチビームシールドを手に飛び上がる姿には、感服せざるを得なかった。離れた武器庫に保管してあるバズーカ等はさすがに見つけられなかったのか、それ以上の装備を持ち出すことはなかった。


 ――粗末に扱うんじゃないぞ……結構苦労したんだからな――


X102が薄くガスを引きながら飛び去る姿……それが俺の意識があるうちに見た最後の姿だった。俺の願う声は、誰にも届くことはない。外では誰かが何かを叫んでいるような気がするが、それも、もう俺の耳には届くことはなかった……


コズミック・イラ71年1月25日に発生した、後に『ヘリオポリス遭遇戦』と呼ばれる戦い。この戦闘で崩壊したオーブ連合首長国の工業コロニー『ヘリオポリス』での正確な死者数は現在も判明していない。その死亡確認のされていない行方不明者の名簿にサトル・カンザキという名前は、他の多くの行方不明者とともに、今も記録されたままである――

Next Phase...