metempsychosis -Begin to End-

Chapter.1

遙かな昔、天空より舞い降りた傷つきし銀翼の乙女あり。乙女は気高き鷲の化身にして、我らが祖となる――


天女のような(うすぎぬ)を纏い、白粉と紅で化粧をした巫女装束のティアットは朗々と古より伝わる伝説の唄を紡ぐ。彼女はこのダライアス星最古の部族の血を引く巫女の家系に生まれ、その厳しい戒律に従い代々伝わる伝承を守ってきた。しかし、時代は流れ、彼女の唄は伝統芸能としてしか価値を見いだされていなかったが、彼女はそれを意に介さなかった。母、祖母、そしてその更に先達ものから伝えられ続けてきた、このダライアス星の伝説を伝えることが、自分の役目だと信じて疑わなかったからだ。

伝説の唄を唄い終えたティアットに、一人の青年が声をかける。背は高く、凛としたその瞳は彼の心根を映すかのようにまっすぐで、青年の姿を見つけたティアットの顔も自然と綻んだ。

青年は名をプロコと言った。ティアットとは幼馴染みで、二人は共に友愛を越えた感情を持つ間ではあったが、ティアットはその巫女としての役目からその感情を表に出そうとはしなかった。プロコはティアットに「お疲れ様」と声をかけるが、その先を何故か戸惑ったように続けようとはしなかった。

「プロコ?どうしたの?」

「……いや、あの……さ……」

珍しく煮え切らないプロコを、ティアットは訝しがった。彼ほど物事をすっぱりと言い切る人間はそういないのに、今日は何故か変だ。

プロコは巫女装束のままのティアットを前に、固めた意志が揺らぎそうになるのを感じていた。今日こそ言わなければ、そう思ってはいるが、何故か言葉が出てこない。

「プロコ?」

ティアットが再度問いかける。ティアットより頭一つ以上背が高いプロコの顔を見るには、どうしても下から見上げるような恰好になる。それが却ってプロコに意識させることになっているとは、ティアットは気づいていなかった。

「……あの……さ、ティアット」

「何?」

「ティアットは、誰か好きな男が……いや、なんでもない。今のは聞かなかったことに……」

プロコは耳まで真っ赤にしながら自分の言葉を否定する。その時、ティアットの体を何かが突き抜けた。突如として放心し、トランス状態となったティアットに、プロコは驚いて手を差し伸べようとする。

「……風が……来る……恐ろしい風が……あれは……」

「ティアット?ティアット!?」

プロコの言葉はティアットの耳には届いていなかった。だが、襲ってきたときと同じように突然ティアットのトランスは解かれ、その瞳に生気が戻る。

「プロコ……?」

「ティアット!よかった……」

ティアットの様子に安心したプロコだったが、次に彼女が言った言葉に心底驚かされることとなった。

「プロコ。わたし、軍に入ろうと思うの」

「……え?」

「恐ろしい風が来るわ。かつてない風が。わたしの中の、鷲の乙女の血がそう言っている。だから……」

ティアットがそこまで言ったとき、プロコは彼女の言葉を遮った。

「それなら、俺も軍に入る。俺はティアットを守る。いつでも。どこでも。君がその『恐ろしい風』と戦うというのなら、俺も一緒に戦う」

「プロコ……」

「俺は前から決めていたんだ。君といつまでも一緒にいたいって。だから君が軍に入るなら、俺も入る。君の背中は、俺が必ず守ってみせる」

「プロコ……」

プロコはそのままティアットを抱きしめた。そしていつしか陽の落ちた地平線を背に、彼女と唇を重ねる。それが盟約だった。

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