metempsychosis -Begin to End-
Chapter.2
*
銀河系に覇を唱える強大な軍事国家ベルサー星人のダライアス星侵攻が始まったのは、それからまもなくのことだった。元々自衛を旨とするダライアス軍は強大なベルサー軍の前に敗れ去り、その命運はダライアス本星周回軌道での艦隊決戦に委ねられようとしていた。
あの盟約の日のあと、軍に志願したプロコとティアットは、砂が水を吸うようにめきめきと頭角を現し、若くしてダライアス軍のトップエースに名を連ねるほどとなっていた。しかし、二人は艦隊決戦に参加することを許されず、軍最高司令部の命令により本部地下秘密格納庫に案内された。そこで二人を待っていたのは、驚くべき命令だった。
「君達二人を呼んだのは他でもない」
居並ぶ最高指導者達を前に、二人は緊張の色を隠せなかった。だが、次の命令は二人を更に驚かせた。
「プロコ、ティアット。君達はこの機体に乗り、敵中を突破、可能であれば敵本拠地を撃破。不可能であれば……どこか人類の生存可能な星へを脱出し、新たな世界を築いてくれ」
大統領はそう言って技術士官を促す。そして彼ら二人の前に姿を現した機体――今までの戦闘機、攻撃機の概念とはかけ離れた機動性を有すると思われる軽快な姿。その姿に見合わぬ強力な三基のエンジン。全体を銀色に塗られ、コクピットの部分だけ赤と青のパーソナルカラーに塗られたその機体を前に、ティアットは既視感と恐怖を覚えた。
「……『シルバーホーク』だ。装備、速度とも現在のダライアス軍、いや、ベルサー軍にもこれに対応できる機体は存在しないと断言できる。君達にはこれに乗ってもらう」
「……A.N.……」
ティアットの口から彼女も意識しない言葉が漏れる。それを聞いた技術士官が一瞬顔をしかめたような気がしたが、気のせいだったのかも知れない。
「……つまり、もしもの時には自分達に創世神話の建国王と鷲の乙女になれ、と……そういうことですか?大統領」
「そうだ。我々も最大限の努力をする。しかし、手は打たねばならない。艦隊決戦に敗北を喫したとき、恐らくダライアス星は焦土と化すだろう。そのとき、希望が必要なのだ」
「しかし、たった二機で敵の本拠地を叩くなど……」
プロコがそこまで言ったとき、ティアットがその言葉を制した。
「この機体なら可能よ。プロコ。『勿論、オリジナルではないでしょうけれど、それはベルサー軍も同じ』……」
「ティアット。君はまるで……これを知っているかのような言葉だな」
軍総司令が糾すような口振りで言う。それを技術将官が正した。
「彼女は最古の部族の末裔ですよ。総司令。彼女自身は知らなくとも、彼女の血は知っている……そうだね?ティアット君?」
「そうかも知れません。ですが、わたしにも分かりません」
ティアットの言葉に、技術将官はにやりと笑った。
「結構。そうでなくては、『君達を選んだ意味がない』」
技術将官の言葉は意味深だった。
「ですが、緊急とはいえ転換訓練もなしに最新鋭機を扱うというのは……」
プロコは当然の懸案事項を口にする。しかし、それに対する答は「我々には時間がない」だった。そのプロコに、ティアットが優しく声をかける。
「大丈夫。プロコ。貴方なら。それに、わたしも」
「ティアット……?そうだな。託されたものが大きすぎる以上、これくらいで躓くわけにはいかないな」
そこからは嵐のような忙しさだった。念入りに整備されているとはいえ、トップクラスの極秘兵器だったシルバーホークのパイロットに基本操作を教えるマニュアルも何故か翻訳した書籍のような消化不良の代物だった上、その装備に関するデータも不完全なものだったからだ。しかし、整備班は最高の仕事をやってのけ、いよいよ二人が搭乗することとなった。
「……これは……いったい……」
プロコが初めてシルバーホークのコクピットに座った感覚は、『懐かしい』だった。今までのダライアス星兵器とは全く違った系統であるにもかかわらず、だ。ティアットも同じ様子らしい。ただ、彼ほど困惑はしていないようだった。
「エネルギーゲインは最新鋭機『ホーク』の1000%増しだ。信じられないだろうがな。だが、装備のテストは碌に終わっちゃいない」
整備班長の言葉に、プロコは驚いた。だが、整備班長は続ける。
「……こいつの装備をテストできるパイロットがいなかった。だから、通常装備のミサイルとレーザーもつけてある。上が選んだパイロットのお前さんらなら扱えるかもしれんが、出たとこ勝負でやってくれ」
「そんな無茶苦茶な。大体、その『装備』ってなんだ?」
プロコが問いかけようとしたが、発進準備完了の号令が飛ぶ方が早かった。コクピットハッチが閉まり、発進位置まで誘導される。カタパルトランプが全て赤から青になったとき、シルバーホークはふわりと浮き上がり、そしてカタパルトに頼ることなく猛然と加速した。強烈なGを予測したプロコだったが、その体にかかる負担は今までの機体より遙かに軽かった。ないに等しいと言っても過言ではない。
「……やれる。これなら!」
コクピット周りを赤く塗られたプロコ機の発進直後、同じ場所を青く塗られたティアット機も上がってくる。空中でランデブーした二機はそのまま大気圏を自力脱出し、今まさに決戦が行われている宙域へと向かう。シルバーホークの完熟試験を兼ねた、腕試しだ。