metempsychosis -Begin to End-

Chapter.3

「敵艦発砲!」

その声が艦内に響くより早く、艦橋からも巨大な光点が見え、そして瞬く間に消える。そこには僚艦が存在し、千人を超える人間がいたはずだが、今はその痕跡すら残っていない。ダライアス軍全艦隊を集結させた聯合艦隊は、今まさに壊滅の危機を迎えていた。

「……くそっ。たかが一隻の敵艦、なぜ沈められん!」

艦隊旗艦『ダライアス』艦橋で、艦隊総司令が歯噛みする。彼の目前には、まるでダライアス星の海を泳ぐ魚のような姿をした巨大戦艦――彼らはその姿から『キング・フォスル』――化石の王――と呼称していた――がいる。その口に見える部分に装備された主砲が光を放つと同時に、またもや僚艦が宇宙の藻屑と消える。

「これが……宇宙を席捲するベルサー軍の力か……」

艦隊総司令ががっくりと力を落とし席に落ちようとしていたとき、彼らの目前を二筋の光が飛び去る。それは最新鋭主力攻撃機『ホーク』の大編隊がまさしく束になってかかっても碌に撃墜できなかった敵機をいとも容易く叩き落とし、『キング・フォスル』に迫る。

「あれは……『シルバーホーク』?……完成していたのか……」

艦隊総司令の声に再び力がみなぎる。彼は素早く命令を発した。全艦艇をもって、『シルバーホーク』を援護する――彼は上層部だけが知り得た秘密兵器の未知の力に、全てを賭ける決意を固めた。どのみち、自分達だけでは敵艦にかすり傷すらつけることはできなかったのだ。だが、彼らはその命令を実行することはできなかった。何故なら、『シルバーホーク』の接近を知った『キング・フォスル』は、次元気流を巻き起こしその渦の中に『シルバーホーク』を飲み込んでしまったからだ。

WARNING

A HUGE BATTLESHIP

KING FOSSIL

IS APPLROACHING FAST

シルバーホークのメインディスプレイにワーニングサイレンとともにメッセージが表示される。艦隊に迫る敵機を行きがけの駄賃とばかりに叩き落とし、敵艦に迫った二機を、突如として渦巻く次元気流が包み込む。それと同時に出現する浮遊機雷群を破壊しつつ、二人は敵艦の姿を捜した。

「逃げたか?……いや、違う。どこに隠れた?」

プロコはレーダーから姿を消した『キング・フォスル』を探す。それと同時に彼は焦ってもいた。『シルバーホーク』のパワーは確かにダライアス軍のどの機体よりも勝っている。しかし、未だにパワーは10%にも達していない。レーザーを撃つことすらできない状態で挑むことに、プロコは一抹の不安を感じつつ、それを何とか振り払った。

「プロコ。正面に反応。出てくる!」

ティアットからの通信が入るが早いか、目前に突如として実体化する『キング・フォスル』。その口が開き、中に装備された主砲が拡散砲弾を放とうとするが、そこにミサイルが叩き込まれる。ティアットだ。プロコは瞬間的に機体を射線軸からずらし、コンピュータに『キング・フォスル』の情報を検索させる。『シルバーホーク』から与えられた情報は、それがダライアス軍の知り得たものかまでを彼は考えなかったが、非常に的確なものだった。コンピュータは現在の装備で攻撃が通用する場所として、エネルギージェネレータに直結している主砲、そして姿勢制御を行う魚で言うところの背ビレと腹ビレに相当するスタビライザーだと指示していた。主砲は口に見える装甲に隠顕するようになっており、彼らはまず動きを奪うためスタビライザーの破壊を狙う。そして、それは彼らが思っていた以上に容易かった。今までダライアス全軍が苦労していたのはなんだったのか。いや、それほど『シルバーホーク』の機体性能が高く、またそれを操るプロコとティアットの能力も卓越していた。

「仲間の仇、討たせてもらう!」

プロコが動きの鈍った『キング・フォスル』にミサイルを撃ち込もうとしたとき、『キング・フォスル』は至近距離で拡散砲の速射を行った。プロコはそれを懸命に躱すが、一弾が回避不能な位置に迫っていた。

目の前が真っ白になる。プロコは撃墜を覚悟した。しかし、次の瞬間目の前には緑色の光に包まれた青いシルバーホークが彼の盾となっている姿があった。

「プロコ。アームを展開して。この程度の攻撃、シルバーホークには通じないから!」

言われてプロコは自分の機体のコンソールにそれらしき表示があることに気づく。『ARM』と表示されたゲージは完全ではなかったが、確かに展開できるだけのエネルギーが存在していた。アームを起動した途端、プロコの機体もティアット機と同じく緑色の光に包まれる。だが、何故ティアットはこの機体のことをこれほど知っているのか?これを整備してた人間ですら完全には理解していなかった機体を。だが、プロコはその疑問を振り払う。今は、目の前の敵を沈めることが先決だ。

要所を破壊され、のたうち回るかのような動きを見せる敵巨大戦艦。その主砲が再び煌めこうとした瞬間、プロコとティアットはありったけのミサイルを撃ち込む。断末魔のような長い雄叫びとともに、小爆発を繰り返し始める『キング・フォスル』。制御を失い徐々に降下していく敵巨大戦艦を横に、二機の『シルバーホーク』は先に進む。その時、後ろで大爆発が起こった。『キング・フォスル』を撃沈したのだ。


異変は次元気流の外でもはっきりと判った。突如として光り輝く次元気流。そしてそれが霧散したとき、そこには自軍を壊滅一歩手前まで追い込んだ敵巨大戦艦の破片が散らばっていた。旗艦『ダライアス』艦内に沸き起こる歓声。それは全軍に広がった。

「やったか……やってくれたか……」

艦隊総司令が安堵する。しかし、彼の仕事はまだ終わっていなかった。

「全艦隊に発令!敵残存兵力を駆逐!奴らをダライアス星に近づけるな!」

艦隊に生気が戻る。絶体絶命の危機は脱した。しかし、現在の戦力でベルサー軍に対抗できるのは……

「頼むぞ……『シルバーホーク』」

艦隊総司令は誰にも聞こえることなくそう呟いた。


その頃、ダライアス星大統領府でも、その様子が逐一放送されていた。当面の危機は脱した。しかし、大統領は『シルバーホーク』がベルサー軍を撃滅できると安易に考える男ではなかった。既に彼はダライアス星全域に非常事態宣言を発令し、宇宙への脱出を開始していた。VIPが優先されることに疑問を感じる彼ではなかったが、民間人の宇宙港への移動も思ったほどの混乱もなく行われていることに彼は胸をなで下ろした。

「シャトルは全て出せ。軍用、民間、旧式でも試作機でも構わん。気密が完全で、途中で立ち往生しない船であれば何でもいい。ダライアス星の全住民を移住可能な無人惑星に移住させる。万が一ベルサー軍の総攻撃が始まっても、人的被害を最小限に食い止めるのだ!」

命令を発しつつ、大統領は窓から空を見上げた。それまで瞬いていた光は収まり、空は平穏を取り戻しつつある。その中に、彼は舞い上がる二筋の光を見た気がした。

「舞い上がれ。銀の鷲よ……伝説の中にある、禁忌の力とともに」

彼が最後までこの星に留まる決意を表明していたことは、民衆の彼への信頼を確たるものとしていた。先に逃げることなく、未曾有の危機に立ち向かう彼は、武器を持たない英雄でもあった。

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